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登録番号163 難儀やなぁ

2008年04月17日

 渋谷で大阪人2人+東京人2人=女4人で飲んでいたときに、「事件」は起こった。愉快におしゃべりしていたら、わざわざ店の男性がやってきて「やっぱり関西の人がいるんだね。ケンカしてるのかと思ったよ」と言うのである。うん? 何言うねん、ではあったけれどぐっと堪(た)えた。が、続いて「なんで関西の人は言葉を直さないんだろうね。茨城の人なら直すのにね」。途端に、ブチッ。

写真しかられて、うわあ〜ん。難儀やなぁ。保育所はいつもにぎやか
写真「あした仕事やて! 楽しみにしてたのに」「わかった、わかった。難儀やなぁ」=いずれも大阪市内

 「言葉って直す直さないってもんやない。オジサンは関西人が嫌いなんでしょ。でも、商売でしょ。好き嫌いを出してどうするねん。そんなに嫌いやったら、関西人お断りの張り紙貼(は)っといて!」

 ここでお金を置いて席を立ったらカッコよかったのだが、みみっちくそのまま飲み続けてしまった。東京人2人は「なんでそんなに怒るの。なんでもないことじゃん」と呆(あき)れていたが、なんでもないことちゃうわいッ。

    ◇

 どこかの知事ほどではないが、私は瞬間湯沸かし器である。取材をしているときは、立場上、どんな話でも意見でも一応にこにこと拝聴する。たとえムカッときたとしても、「はあ、そうですかぁ」とヘラヘラ聞いておく。聴けてなんぼの商売なので、訓練はちゃんとできているのだ。その反動であろう、プライベートではすぐカッとなる。

 自分でもわかっているが、こういう性格の人は、はたにいる人にとってはほんとうに難儀だ。一人キレたら場の雰囲気は壊れてしまい、修復までにけっこう時間がかかる。ことがスムーズに運ばない。反対意見を簡単に口に出せなくなる。つまり、きちんとした議論が成り立たなくなる。だから、職場でいちいちキレたらあかんのだ。そもそも、カッとなるのは、正当な怒りももちろんあるが、コンプレックスを突かれたり、プライドを傷つけられたりした場合が多いことを、この際、認めよう。キレることで、自分を防御しようというメカニズムなのだろう。要は、わがままで幼稚ということ。

    ◇

 しかし、関西では、こうしたタイプの人間も、「難儀な人やなぁ」とため息をつかれながらも、どこか面白がって受け入れてもらえる。大変やで、面倒やで、悩むなぁと顔をしかめながらも、しゃあないなと苦笑いする。「難儀やなぁ」と口にしたしりから、「まあ、しゃあないやん」となるのが関西人の思考パターンである。ただ自戒をこめて言わせてもらえば、反骨精神を錦の御旗にしてキレることも一つの美学のように見なすのは、やっぱり難儀なことだ。

(文・島崎今日子<ライター> 写真・酒井羊一)


○相手に寄り添う あたたかさ

 大阪に転勤してきたばかりのころ、職場の先輩に「難儀やなぁ」とよく言われた。目を細め、困り顔で。「すみません」と頭を下げつつ何かあたたかいものを感じていた。

 大阪ことば辞典(東京堂出版)ではこうだ。〈困ったなあ。「ナギヤナー」ともいう。弱ったなあという気持ちを表す大阪ことば独特のニュアンスがある語〉

 そう、独特のニュアンス。それは何? 武庫川女子大学言語文化研究所の佐竹秀雄所長に教えてもらおう。

 まず、会話の例をひとつ。

 「隣のうちの夫婦げんかがうるさくて、かなんわ」

 「それは難儀やなぁ」

 「かな(わ)ん」は自分が困っていることを表す、個人的なつぶやきだ。一方、「難儀やなぁ」は困った物事に対して、聞いた側がその気持ちを共有する。「がんばりや、とか一緒に闘おう、とかいう意思が『やなぁ』にこめられています」と佐竹さん。

 落語から例をひとつ。「肝つぶし」の一場面。友を見舞うと、恋わずらい。相手は呉服屋の娘だというが、実は夢の中のことだった。

 「夢でははっきり残ってんねん、わいの頭に」

 「難儀やなぁ、それは。捜しにも行かれへん」

 なんとかしてやれないかと寄り添う。いたわりのことばになるのだ。そうだったんですね、先輩。(河合真美江)

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