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ここから本文エリア 現在位置:asahi.com>関西>関西を楽しむ>勝手に関西世界遺産> 記事 登録番号165 一刀石2008年05月01日 「デェーイッ!」
裂帛(れっぱく)の気合諸共(もろとも)振り下ろした木剣。手応えは十二分。 時は戦国時代。所は大和の国は興福寺の宝蔵院。関東の剣客上泉伊勢守秀綱がやってきたと聞き、柳生宗厳(むねよし)(石舟斎)は手合わせにやってきた。当時三十代半ば、畿内随一との評判を取り、剣に絶対の自信を持っていた。 どのような者か、と見れば、飄々(ひょうひょう)とした六十歳手前のじいさん。それが「素手でよい」という。「無礼千万っ」。宗厳がおもむろに飛び込み「勝った」と思った瞬間、秀綱の姿は消え、宗厳の木剣も手になかった。振り返ると、秀綱が涼しい顔で木剣を手にしている。「まだまだじゃの」 ◇ 悔しさを胸に宗厳は故郷・柳生の里へ帰った。毎夜、深山へ分け入り、ただひたすら剣を振る。「どうしてあんなじいさんに負けたか? しかも剣まで取られて。何故(なぜ)だ」 数カ月後のこと。いつもの如く深夜の山奥で剣を振っていた宗厳は、真暗闇の中に確かに見た。天狗(てんぐ)だ。あざ笑うかの如(ごと)く眼前を飛び回っている。「オオッ、これを切れば我が剣の道は開けるに相違なし」。狙い違(たが)えずビュッと飛び上がると、上段から一気に「デェーイッ!」。 宗厳は意気揚々と屋敷に戻り、久方ぶりにグッスリと寝た。翌日「天狗を切ったので見に行こう」と村人たちを誘って昨夜の場所へ行った。しかし、天狗の亡きがらはなかった。代わりに大きな岩が見事に真っ二つ。 「ワッ、宗厳様の剣は天下一や」と皆は一様に称賛したが、宗厳はぼうぜんと立ちつくしていた。「確かに天狗を切ったはずなのに」 それからしばらくして、秀綱が宗厳を訪ねて柳生の里へやってきた。里人は「宗厳様の剣の凄(すご)さはこの岩に表れてございます」と秀綱に割れた大岩を見せた。 「宗厳は自慢したか?」 「それが、どうにも、以来自信を無くしてしまわれて」 「ハハハッ、それで良い」 秀綱に再会した宗厳は「弟子にしてください。剣は形あるものは切れますが心までは切れませぬ。上泉様と立ち会いました時、既に私の心は切られておりました」と頭(こうべ)を垂れた。「よくぞ悟った。あれは『無刀取り』と申す。お前はそれを究めよ」と秀綱。かくして柳生宗厳は秀綱の弟子となり、更に修行を積んだ。そして、剣の達人は剣に頼らず、との極意を見いだし「柳生新陰(しんかげ)流」の祖となります。 ◇ といった伝承を聞き、歴史探偵南海も悟りを開かんと、一刀石の上でポーズを取りました。背後から一刀両断にされる夢を見たのはその晩でありました。 (文・旭堂南海〈講談師〉 写真・熊谷武二)
○神秘の森 巨石ゴロゴロ 宗厳ら剣豪柳生一族の故郷「柳生の里」は、奈良市中心部の北東約12キロ、京都府県境に近い同市柳生町、柳生下町かいわいの静かな山里だ。柳生家の菩提(ぼだい)寺の芳徳寺、旧柳生藩家老屋敷など史跡があるほか、柳生正木坂剣禅道場で各種の剣道大会などが開かれたり、柳生中学校の総合学習で「木剣体操」が実施されたり、と今も「剣の聖地」の息吹がある。 宗厳が切ったと伝承のある一刀石は、芳徳寺から徒歩約15分、巨石を御神体とする天乃石立神社の奥にある。辺りには、他にも大きな石がゴロゴロしていて、本当に天狗が出そうな神秘的な森の中だ。一刀石は幅約7メートルもある花崗岩(かこうがん)で、真ん中に約30センチ幅の亀裂が入っている。案内してくれた芳徳寺の橋本紹尚住職は「子どものころは、夕方ともなると一人で行くのは怖かった」と言う。 一刀石の亀裂について、和田穣隆(ゆたか)・奈良教育大学准教授(火山地質学)は「山の上から石が落ちて、衝撃でパカンと割れた可能性が高い」とみる。「さすがの宗厳も、この巨石に刀では勝てないでしょう」(高橋真紀子) ★関西が誇る「お宝」を紹介します。「これぞ関西の世界遺産」という有形無形のお宝の推薦をお待ちします。住所、氏名、電話番号を書き、〒530・8211朝日新聞生活文化グループ「勝手に関西世界遺産」係へ。ファクスは06・6231・9145、メールはdo-kansai@asahi.comで。ご意見、情報などもお寄せ下さい。 PR情報勝手に関西世界遺産
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