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ここから本文エリア 現在位置:asahi.com>関西>関西を楽しむ>魅知との遭遇> 記事 (10)西宮 堀江オルゴール博物館いとしき セピア色の調べ 兵庫県西宮市・苦楽園の高級住宅地の坂道を上ると、家具のように大きな古オルゴールと“仲間たち”がひしめく館がある。主(あるじ)のおじいさんが、赤いチョッキに緑の帽子姿で自慢の品を動かし、来館者に披露していた。その素朴で懐かしい音色は、古い木の香りがする部屋の空気を揺らし、聴く者の心も震わせた。
1993年に個人のオルゴール館として開館、97年に博物館に認定された堀江オルゴール博物館(0798・70・0656)。1800年から現代までのオルゴールや手回しオルガンなど「自動演奏楽器」大小360点以上がある。大阪でプラスチック会社を興し、今年3月に95歳で亡くなった前理事長堀江光男さんの収集品。今は1日3回時間を決めて、職員が館内を案内する。 堀江さんとオルゴールの出会いは約30年前、長女で現理事長の松浦真理子さん(71)の一家が住んでいたオランダだ。店先のウインドーで見初めたが、閉店していて初恋は実らなかった。その約10年後に京都でディスクオルゴールを購入。ハートに火がつき、スイス、オランダ、ドイツなどを巡った。 26体の人形が“シャンデリア”の下で舞踏会をするオルゴール「グランドバレー」(1996年、スイス)は製造会社の社長宅で見つけて注文。ピアノとバイオリン3丁を空気の力で鳴らす自動演奏楽器(1912年、ドイツ)は「傷まないように」と演奏用レプリカも特注した(90年、同)。巨大なストリートオルガン(91年)は、オランダの市場で演奏中だったのを見て、工房を探した。「ロシア皇帝ニコライ2世の特注品」(1878年ごろ、スイス)という超豪華なオルゴールもある。 「機械好きで音楽好き。物作りで業をなした者として、職人の手仕事にすごい共感も覚えたようです」と松浦さんは父を語る。 同館や資料によると、オルゴールの語源はオランダ語「orgel(オルヘル)」。18世紀末、シリンダー上のピンが櫛歯(くしば)をはじくシリンダー型をスイスの時計職人が考案。19世紀末には、円盤を使うディスク型が生まれ、量産も可能になる。日本には19世紀前半ごろ伝来し「自鳴琴(じめいきん)」と訳された。しかし、レコードやCDなどによる音楽鑑賞が普及するにつれ、オルゴールは衰退していった。 「父は生前、少しでも長く保存したいと言っていました。失われてゆくものへの愛着があったのでしょう」 堀江さんを偲(しの)び、館の庭の奥に建てられた石碑に、生前、いつもそばに置いていた小さな懐中時計のオルゴールが埋め込まれた。 |