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(12)チチ松村さんの「桃の部屋」

桃源郷 果てなき探求
[新聞掲載]2007年07月12日

 その“魔窟(まくつ)”は、大阪市内某所にある。静かな住宅地の一角。古びた鉄のドアの向こうでミュージシャンのチチ松村さんがにんまり笑っていた。

写真チチ松村さんの「桃の部屋」。産毛まで精巧に再現された桃のフィギュアやピーチ味のお菓子の空箱など、あらゆるものが収集の対象だ

 暗い玄関口に、ぼおっと光るイカ形ランプ。廊下の壁には巨大なイカの絵。リビングと思(おぼ)しき部屋は、壁も床も天井もクラゲやイカやキノコの飾り物がびっしり。ここは松村さんの仕事場。ちょっと不気味な浮遊感が満ちた中で、ただ一つあっけらかんと明るい部屋がある。ピンクに染まった「桃の部屋」。なにやら甘い香りまで漂うのがあやしい。「桃グッズは、ええにおいするもんが多いんですよ」

 壁際には一面に桃味ジュースやヨーグルトの空き缶、容器。桃産地のポスターや桃のぬいぐるみ、桃柄の浴衣、妙に表情がイヤらしい中国の「桃じじい」も鎮座する。味が想像できないレトルトの「桃カレー」はピンクの洪水に埋没し、オブジェと化していた。

 「クラゲ好き」で知られた松村さんだが、この数年は恋着の対象が「イカ」から「桃」へと変遷した。桃時代の始まりは02年夏。アルバム「ア マジック ワンド オブ スタンダーズ」のレコーディング中に、東京・渋谷の音楽スタジオで桃を食べたところ「とろけたんです」。その1年前、イカが始まった時も、天啓は一夜干しと共に降臨した。「年いったら、『うまい!』みたいな五感に訴えるものしか信じられへん」

 ちなみにクラゲは「好きとか何とかじゃなく、哲学の師」だった。「しかし、どうやってもクラゲにはなれへんのです。我を捨ててクラゲになりたいと思うこと自体が、クラゲ的な生き方からほど遠いと教えられた。もう人間として欲望のままに生きるしかないんです」

 こうして、うまい!こんなに幸せにしてくれるもんはない!とイカや桃への傾倒が始まった。あちこちでそう言うから、友人知人が「これ、お好きなんでしょ」と関連するものを次々持ち込む。「集めてないのに、集まるんです」。ただ、桃は「多そうだし、置くとこもないし、やめとこ」と思っていた。が、気が付けばこの有り様。「僕が死んだら、これ全部、一体どうなるんやろ」

 ある時は、新幹線で桃の容器に入った駅弁をつつくおじさん2人を発見。「食べ終わったらくださいと頼もうと思っていたら、ゴミ収集に先回りされた。必死で追って、気味悪がられつつ手に入れたのを車内のトイレでいそいそ洗いました」。“反応”は「桃」の字にも及んだ。「『桃谷』駅周辺は、さすがに桃関係の看板が多かった」

 熱は今、「肉」に移った。食べる肉ではない。新大阪駅で「肉の多い相撲取り」を見かけたのに端を発し、似た体形の「セイウチ」や「多肉植物」が徐々に集結中。52歳の年齢にお構いなく「好きなことに純粋」な松村さん、15日まで大阪・アメリカ村のギャラリー「パライソ」で開催中の「ロンサムドーロ展」に、お気に入りの「肉」を描いたオブジェを出品している。とほほ。

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