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ここから本文エリア 現在位置:asahi.com>関西>関西を楽しむ>魅知との遭遇> 記事 (19)安治川トンネル 大阪市川底の「橋」 人情も渡す 全国でも珍しい「川底を渡る橋」が、ユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)にほど近い、大阪市を流れる安治川にある。
JR環状線の西九条駅から少し南にある、4階建てほどの建物が、その出入り口だ。大きなエレベーターに、自転車を押して乗る人もいる。降りると、幅約2メートル、長さ約80メートルのタイル張りの通路。川底だからか、暑い日でもひんやりする。1日約7千人が通勤や通学に使う。正式名を「安治川河底隧道(ずいどう)」という。 でも、なぜ橋でなくトンネルなの? 「トラックがない時代、川上にある中央卸市場などへ船で物資を運んでいたからです」 「大阪の橋」などの著書がある、松村博さん(63)が教えてくれた。 安治川は江戸時代の豪商、河村瑞賢が作った水路で、舟運の要だった。船の通航を妨げないためには、水面から高い位置に橋をかけなければならなかったが、当時の技術では難しかった。明治時代から渡し船が両岸を結んでいたが、昭和に入って川周辺に工場ができ、交通量が多くなった。 そんな「水都・大阪」の事情で発案されたのが、トンネルだったという。 1935(昭和10)年着工。トンネル主要部は高さ約7メートル、幅約14メートル、長さ約49メートルの鉄筋コンクリートの筒状のもの。密閉し、水に浮かせて運び、現場で浸水させ、埋め込んだ。当時の最先端技術「沈埋工法」だ。 軟らかい地盤での工事は難しく、更に戦時期に入ったため、9年後にやっと完成した。工事費は、今の相場に換算して約数十億円。2車線の車道もあったが、上下流に橋ができたことなどから、今は車道は閉鎖され、人と自転車専用となっている。 「地元の僕らには、ただの通勤通学路。でも初めて見た人は驚きますね」。九条の町を歩いて下町情緒に親しむツアーを実施している「大阪・九条下町ツアー」主宰の大阪芸術大短期大学部教授・谷口靖弘さん(62)は話す。川底のトンネルは、ツアーの見どころの一つにもなっている。 エレベーターには朝夕のラッシュ時、運行監視員がおり、安全に目を配る。「気をつけて」と監視員が声をかけると、「おっちゃん、ありがとう」と利用者が返す。やんちゃな中高生でも、トンネル内は整然と左側通行だ。「自然にマナーを学ぶ場でもあるんです」と谷口さん。 安治川両岸をつなぐ川底のトンネルは、地域の人の心もつないでいるようだ。 |