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(25)知恩院三門 京都市東山区

天空に極楽 棟梁の神髄
[新聞掲載]2007年11月01日

 江戸時代には、圧倒的な高層建築だったのだろう。浄土宗の総本山・知恩院(京都市東山区)の三門は高さ24メートル、横幅50メートル。使用された瓦は約7万枚。1621年に2代将軍、徳川秀忠によって建立され、1902年に国の重要文化財、2002年に国宝に指定された。

写真白木の棺(左下)が置かれた三門の仏堂。見上げると天井の竜ににらまれた

 「山門」ではなく「三門」なのは、空・無相・無作という、悟りに通じる三つの解脱の境地を表す門(三解脱門)という意味だ。この門、実は上層部が仏堂になっている。普段は中に入れないが、1日(※2007年11月)から11日まで見学できる(有料)。

 門の横にある急な階段を上り、上層部へ着くと、京都市街が一望できる。天井中央には色鮮やかな竜が泳ぎ、ぎょろ目でこちらをにらみつけている。脇間の天井には、天人や、顔が人間で身体が鳥の「迦陵頻伽(かりょうびんが)」が優雅に舞う。涼しい秋風がほおをなで、まさに極楽浄土の世界。天井画は、狩野派の画工による作といわれている。

 「天井画は、江戸初期のものとは思えない色鮮やかさ。普段は小さな窓以外、締め切っているのに、きちんと風が通っているなど、この門の中には不思議な点が多い」と知恩院布教教務部の前田晃秀課長。

 中央には釈迦牟尼仏像(しゃかむにぶつぞう)が金色の輝きを放ち、脇壇には十六羅漢像がずらりと並ぶ。茶色くいかめしい表情の十六羅漢像の中で、一体だけ色白で優しい顔をした像があるのも奇妙な感じがする。実はもともと茶色だったのだが、雨漏りで彩色が落ちたようだ。

 しかし、壮麗なこの場所でぜひ注目してほしいのは、片隅にぽつんと並んだ小さな男女の木像。知恩院の七不思議の一つに数えられる「白木の棺」である。立派な三門を造ったものの工事の予算が超過したため、責任をとって自刃したという大工の棟梁(とうりょう)、五味金右衛門夫妻を弔うため、他ならぬこの三門の中に像を安置したと伝えられる。

 重責が個人を押しつぶす……。現代にも通じる悲哀にしんみりするが、五味金右衛門が亡くなったのは門が完成した39年後というから、自刃説はちょっとあやしい。これほど良いものに命を賭した、とたたえる意味で生まれた伝承かもしれない。

 現在は特別な機会以外はほとんど中に入れないが、明治時代はかなり自由に出入りできたらしく、あちこちに墨書の落書きが見られる。「秋田」「佐賀」「愛知」など、どこから来たか記したものが多い。「落書きは感心しませんが、交通が不便な時代、はるばる遠くから参拝した人の思いがこもっているような気もします」と前田課長。

 4年後、知恩院は宗祖・法然の800回忌の記念法要を行う。その時、三門内部も公開される予定だ。でも、落書きはいけませんよ。

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