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(26)万華鏡 京都万華鏡ミュージアム姉小路館

のぞき込めば 夢幻の輝き
[新聞掲載]2007年11月08日

 きらめき、うつろう色彩が、どこまでも続く万華鏡。コドモのおもちゃ? そんなイメージは捨ててみよう。光をまとった幾何学模様は、空や海、時の流れ、宇宙の深遠さを表現するアートでもあるのだ。

写真「同じ模様にはなかなかならない。一期一会ですね」とミュージアムの解説員が説明してくれた

 京都市中京区の京都万華鏡ミュージアム姉小路館は、手のひらサイズの携帯用から、金閣寺や舞妓(まいこ)さんをかたどった約50センチの大型作品まで、200点近くを所蔵する。親子連れやカップルが、幻想の世界にしばし心を遊ばせていく。

 主に2〜4枚の鏡を筒状に合わせ、先端部に入れたビーズなどの反射の繰り返しを楽しむ万華鏡が誕生したのは1816年。スコットランドの物理学者デビッド・ブリュースターが灯台の光をより遠くに届けようと、鏡の反射や屈折を研究する中で生まれた。

 その輝きはヨーロッパの有産階級を魅了し、瞬く間に世界へ広がった。江戸時代の大阪の風物を記した「摂陽奇観」には文政2(1819)年10月、「此頃 紅毛渡リ更沙(さらさ)目鏡流行 大坂にて贋物多く製ス」と絵入りで記述がある。この更沙目鏡こそが万華鏡。早くも長崎のオランダ貿易を通じて、裕福な商人や大名の手に渡ったらしい。

 堺市の大阪府立大型児童館ビッグバンには、最古の国産品とされる1860年代の「更沙目鏡」がある。直径約5センチ、長さ約15センチの木製の円筒形。近江の豪商の蔵から出たという。美へのあこがれか、ひまつぶしかストレス解消か。当初の万華鏡は大人のひそやかな楽しみだったようだ。

 約1700点を集めた日本万華鏡博物館(東京・渋谷)の大熊進一館長(57)は、その魅力を「科学とアートとおもちゃの楽しさが同居し、作り手の自由な発想がいくらでも生かせるところ」と話す。

 鏡の数や形、入れるものによって、映像が立体的に見えたり、焦点が二つになったり、バリエーションは限りない。外側の素材や形も自由。東京・代官山に工房を構える万華鏡作家の山見浩司さん(46)は「いい意味で計算やねらい通りにいかない。偶然が生み出す美の奥深さを感じる」と話す。

 京都のミュージアムを設けたのは京都市教委。隣には不登校など悩みを抱える子どもの施設がある。同館の伊藤知子代表理事(58)は「木の葉やモノのかけらなど、そのままではごみになるものも美しい映像を生む。万華鏡に不要なものはないんです」と話す。

 光と色が織りなす小さな世界の、懐の深さ。そこにはささやかな解放感もあるのかもしれない。

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