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ここから本文エリア 現在位置:asahi.com>関西>関西を楽しむ>魅知との遭遇> 記事 (37)縁切り縁結び碑 京都市東山区こころの澱 ざわざわざわ〜 祇園にほど近く、縁切り・縁結びで知られる安井金比羅宮(京都市東山区)の境内に、妙な“かまくら”がある。幅約3メートル、高さ約2メートル。正体は、雪ではなく紙の札がこんもり覆う石の作り物で、直径約50センチの穴が貫いている。
名付けて「縁切り縁結び碑(いし)」。鳥居肇宮司によると、備え付けの札に縁を巡る願いごとを書いて持ち、念じつつ、穴を手前からくぐって悪縁を切り、くぐり戻って良縁を呼ぶのだそうだ。そして最後に札を碑に張る。 主に女性が、真顔で次々に願をかけていく。 「悪縁を絶ち良縁に恵まれますように」といった漠然とした願いごとが多いが、ばっちり実名入りでかなり生々しいものも……。 「●●××子との縁をたち切ってください」 「都合のイイ女扱いする男達(たち)から縁が切れ、イイ縁に恵まれますように」 「○○一族との縁を切って下さい。絶対に」 碑のそばに大量に掛けられた絵馬にも「▲▲が一刻も早く(職場を)辞めてくれますように! あいつはガン」「主人と義理の母にいじめられています。早く縁を切れますように」……。 「6割が男女関係。病気やご近所がらみ、最近は仕事関係も多い」そうだ。 鳥居宮司によると、碑は「お祈りに物足りない」という参拝者の声に応え、1978年、亡き父博愛(ひろよし)さんの代に作った。以来、札は一度もはがしていない。30年分の札の厚みは約60センチ。札の数は「当初は年間約2千枚、ここ数年は4万枚で微増傾向」というから、碑は、累計ざっと20万人以上の願を背負っていることになるそうだ。 絵馬に書かれた願いごとを観察してきたという民俗学者の大森亮尚さんは「ここには人々の心の澱(おり)がたまっている。碑は怒りや恨みを行動に出さないための防御装置になっているだろう」とみる。 神社は主祭神を崇徳天皇とする。保元の乱(1156年)に敗れ、讃岐に流された崇徳が、一切の欲を断ち金刀比羅宮にこもったことから、断ち物の祈願所となった。さらに、愛する人と別れた崇徳の悲しみが、男女の縁を妨げる悪運を切ってくれるとされた。鳥居宮司は「色街という場所柄に崇徳の話が重なった」という。縁結びの御利益は博愛さんが加えたという。 『呪いの研究――拡張する意識と霊性』の著書がある中村雅彦・愛媛大教授(心理学)は、生々しい願いごとについて「祈りというより呪いの領域に入る行為だが、このたぐいの儀式は本来、人目にさらさないもの。わざと公にさらして相手に気付かせたい願望が見える」とみる。 ちなみに、札をはがして欲しいという依頼には、神社は応じないそうだ。 PR情報魅知との遭遇
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