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(43)文楽人形の鬘

黒髪で吹きこむいのち
[新聞掲載]2008年04月25日

 私は「お福」。

写真かつらの元になる「みの編み」。黒く長い髪は中国などから輸入する

 文楽人形の「首(かしら)(頭部)」よ。私の仲間は、国立文楽劇場で三枚目を演じているの。私の居場所は、大阪・天王寺の「鬘司庵(まんじあん)」。人形の髪結いさんで、国の文化財保存技術保持者の名越昭司さん(78)の工房です。

 人形はいわば役者。演目ごとに髪形や衣裳(いしょう)を変えて、舞台に上がるの。髪形は身分を表します。例えば腰元なら中文金島田、武家の奥方は片はずしなど。激しい立ち回りで髪がほどけて広がる「さばき」では、感情を表現。文楽で髪形、鬘(かつら)はとても重要なのよ。

 昔は、鬘を作る「鬘師」と、鬘を結い上げる「床山」が別々にいたけど、後継者不足で、名越さんは23歳の時から一人で両方をやってきた。

 鬘作りは、「みの編み」から。みの編み台に糸を2本はり、そこへ少しずつ束にした髪をくくりつける。この髪、人毛よ。触ると、ひんやり。「日本では長くて黒い髪はほとんど手に入らなくなった」と名越さん。最近はパーマに、短い髪の人が多いものね。毛の納入元、川村かつら店(大阪市東成区)の川村勝美会長によると、国内調達が出来たのは戦前までで、現在は中国やベトナムから仕入れる。売値は長さ50センチで1キロ5万円程度、1メートルでは10万円以上になるそうよ。

 さて、編まれたみのは、銅板をたたいて作った「台金」に縫いつけます。後ろと前、横の各パーツを首に直接打ち付ける。ここまでが鬘師の役目。

 昔ね、「飾り人形」として作られた文楽人形が名古屋にあったんだって。飾ってあるのを見た占師が「この人形、『舞台に立ちたい』と言ってますよ」。で、人形遣いさんの所に寄贈され、結い直しのため名越さんの元へ。「髪の毛がね、のびていたんです。念がこもってたんでしょうなあ」。ぞぞっ。

 髪を結う仕事が床山です。髪形は基本だけで約120種。公演後の首は次に備えて髪をといてしまうので、完成型は残らない。そこで名越さんは文楽劇場を引退後、後進に見せようと基本の髪形を工房で展示、指導もしてます。

 女性一人で人形を操る乙女文楽座の吉田小光(こみつ)さんも、生徒の一人。名越さんが「つぶし島田」でお手本を見せる。右手のつげのくしで髪をすき、まとめ、左手に持ち替えて、元結を右手と歯を使ってきりりと結ぶ。まるで踊っているかのよう。「先生の手は魔法の手です」。結いあがった練習台の首も誇らしげ。なんだか命を吹き込まれたみたい。

 私たちは人形。だからこそ、人間の醜さ、清らかさ、切なさを増幅して伝えたい。あ、三枚目にしてはシリアスなこと言っちゃった。こう見えても、62年の初の文楽アメリカ公演では「お福は美女よりチャーミング」って感想がたくさん寄せられたのよ。ふふん。

(文・諸麦美紀 写真・矢木隆晴)

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