荒れた様子の平等院の絵図
明治政府が1882(明治15)年に各府県に命じた社寺の建築物調査報告書の京都府分が、京都市の個人宅で見つかった。明治初期の仏教排斥運動「廃仏毀釈(きしゃく)」などで荒廃した平等院鳳凰(ほうおう)堂(宇治市)をはじめ、72社寺の修繕記録や絵図が含まれ、政府が古建築や古美術の保存・研究を考え出した初期の資料とみられる。
報告書は「四百年前社寺建物取調書」(全382枚)。昨夏、戦前の関西建築界の大家、武田五一ゆかりの個人が京都府立総合資料館(京都市左京区)に持ち込んだ。同館によると、奈良県分に次ぐ2番目の発見。400年以上前からあるとみられた社寺に府が報告を求める形で、主に1884年ごろ調査された。
平等院の絵図は鳳凰堂の周りに草木が茂り、記録に「修繕に着手しようとしている」との記述がある。神居文彰住職(45)は「この調査で当時の社寺の様子が広く一般に伝わり、京都の民衆が復興に立ち上がるきっかけになったといえる」と評価する。
山崎幹泰・金沢工業大准教授(日本建築史)は「建築物の政府調査は明治初期には珍しく、貴重な歴史資料。明治中頃に始まる文化財保存研究の準備調査だったのではないか」と話す。報告書は同資料館で閲覧できる。