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飛鳥の美(中) 壁画優先、想定外の修理

2008年05月08日

 奈良県明日香村にある高松塚古墳壁画修理施設で、国宝「飛鳥美人」が4月下旬、初めて村民に公開された。高さ35センチほどの女性像の衣装は赤青黄の色が鮮やかだったが、絵のそばまでカビの黒ずみが迫っているのがはっきり分かった。約180平方メートルの作業室には、解体された石室の石材全16枚がずらりと並ぶ。

写真石室解体用の覆い屋を撤去する工事のため、周囲を塀に囲まれた高松塚古墳=奈良県明日香村

 壁画は1972年の発見から30年で劣化した。空調設備で温湿度の変化を抑え、永久保存に挑んでいたが、01年の作業でカビが発生して石室解体に追い込まれた。

 同じく明日香村にあるキトラ古墳は83年にファイバースコープで壁画が発見された。04年の発掘でしっくいが崩落寸前と判明し、文化庁は壁画のはぎ取りに踏み切った。

 壁画を古墳から移した手法は違うが、両古墳の外観は今どちらも工事現場の様だ。長年、文化庁などで文化財保存に携わった坪井清足・元興寺文化財研究所長は「開発による人為的な破壊以外に、古墳を解体することがあるとは」と、壁画保存を優先した両古墳の想定外の現状に戸惑う。

 高松塚の壁画を発見した網干善教関西大名誉教授は石室解体に反対だった。06年に亡くなる直前の自宅でのインタビューでも、「壁画は古墳を構成する要素の一部。古墳から切り離したら意味が失われてしまう」と語っていた。

 高松塚、キトラの壁画と同時期の壁画は、もう一つ存在する。法隆寺(奈良県斑鳩町)の金堂に描かれた壁画だ。荘重な如来像や優美な菩薩(ぼさつ)像……。だが、1949年の火災で写真のネガのように灰色に変色した。法隆寺内に建てられた収蔵庫の中に、焼け焦げた部材とともに保管されている。

 いま金堂内に飾られているのは、焼損前の写真をもとに描いた再現壁画だ。67年から朝日新聞などが協力し、安田靫彦(ゆきひこ)(1884〜1978)や前田青邨(せいそん)(1885〜1977)、平山郁夫氏らが制作した。レプリカとはいえ、忠実に再現された絵は、人々の心に訴えかける力を持っている。68年の完成時に東京、大阪など全国4カ所で公開され、51万人が来場。95〜96年にも法隆寺の世界遺産登録記念で公開され、全国3カ所で25万人が鑑賞した。

 建物や仏像といった文化財の場合、傷んでいる部材を新しいものに取り換え、組み立て直す解体修理は当たり前のように続く。00年から10年がかりの解体修理が進む奈良市の唐招提寺金堂(国宝)では、天平の甍(いらか)として知られる大屋根の瓦の8割を新しく取り換えて、昨年11月にお披露目した。

 高松塚、キトラの壁画については、科学技術が進んだ現在でも、劣化を食い止めるため格闘が続いている。法隆寺の大野玄妙管長は「寺院の文化財は、空調もない堂内で世間の空気に触れて色あせながらも伝承されてきた。形あるものはいつかは朽ちる。空調が整った施設で、『守らねば』と、過保護な状態にすることがいいのか」と、閉鎖的な文化財保存には懐疑的だ。

 建物は、元の部材を使って組み立て直せば、解体前と同じ文化財としての価値が認められる。だが古墳の場合、どの程度まで原状に戻せば価値を損なわないのか、という議論は十分尽くされていない。両古墳の壁画の保存場所についての結論はでていない。

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