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【飛鳥の美】「飛鳥の3至宝」相次ぎ公開へ キトラ・高松塚・法隆寺

2008年04月13日

 5月から奈良県の明日香村・キトラ、高松塚両古墳の壁画と斑鳩町・法隆寺金堂の文化遺産が相次いで特別公開される。いずれも大陸の先進文化を採り入れた「飛鳥文化の精華」。現代にもさんぜんと輝き続けるキトラ、高松塚、法隆寺の至宝公開は文化遺産を公開・活用する新時代の幕開けでもある。

写真特別公開されるキトラ古墳東壁の十二支・寅(トラ)
写真高松塚古墳西壁に描かれた「飛鳥美人」。72年に発見された当時の姿=奈良県立橿原考古学研究所編「壁画古墳高松塚」から
写真金堂壁画の中でも最高傑作とされる6号壁の阿弥陀(あみだ)浄土図の菩薩像。再現は当時の日本画壇の重鎮、安田靫彦(故人)らが手がけた
写真   

 修復・再現…よみがえる古代のほほえみ

 古代史のスーパースター聖徳太子の活躍、クーデター……。飛鳥、斑鳩一帯は国家幕開けの時代に繰り広げられた歴史ドラマの舞台である。そして、これらの文化遺産は、7〜8世紀のこうした古代国家成立期の雰囲気を物語る優れた美術工芸の傑作でもある。古代中国の思想に基づく四神図や天文図をはじめ美女群像、巨大建築の伽藍(がらん)、様々な仏たちだ。きわめて珍しい特別展示が続く。

 キトラ古墳壁画の「獣頭人身」十二支神像の子(ね)、丑(うし)、寅(とら)図のうち、ヒゲまで描かれた寅は、ほほえんでいるようにも見える。高松塚壁画は1972年の発見以来、保存修復現場の限定公開とはいえ、国民が待ち望んでいた好機の到来である。

 07年に解体され、取り出された高松塚壁画は、解体が劣化の急激な進行を食い止める結果になった。発掘調査で判明した地震による墳丘の大きな亀裂部を通り、外からの虫類の侵入も自由だったのだ。管理の不備も重なった「複合劣化」だったが、最悪の事態に陥る前に、「なんとか間に合った」といえる。

 1949年に火災にあった法隆寺の金堂壁画は、戦前から何度も写真撮影と模写の努力が重ねられてきた。平山郁夫さんをはじめ代表的な日本画家が全力をあげた再現壁画などの展示品は、文化遺産の記録の重要性を物語っている。

 同じ金堂内の飛天図は両古墳と同じころに描かれた実物。7世紀の仏たちは、当時の最新思想である仏教の雰囲気を語ってくれそうだ。

 ■壁画再現 巨匠たちの技

 法隆寺金堂の壁画は1949年の火災で損傷、金堂は修理されたが、内陣は長く白壁のままになっていた。67年から法隆寺と文化財保護委員会(文化庁の前身)に朝日新聞社が協力し、壁画再現事業を開始。焼損前の壁画写真などをもとに、当時の日本画壇の重鎮だった安田靫彦(ゆきひこ)、前田青邨(せいそん)両氏が監修し、平山郁夫さんら14人の日本画家が壁画の再現に取り組んだ。

 翌年完成した再現壁画は東京、名古屋、京都、福岡で公開されたあと、法隆寺金堂内に取り付けられた。今回は、仏像を安置する須弥壇(しゅみだん)を修理するために、この壁画が取り外され、奈良国立博物館で公開される運びとなった。

 ■仏教がもたらした「写実」

 銅鐸(どうたく)や、九州などの装飾古墳に描かれたような抽象的な絵ではなく、写実的な絵画が日本に入ってきたのは6世紀半ばの仏教伝来時とされる。下地に漆喰(しっくい)を塗って描きあげており、それまでとは技法も異なる。仏教を伝える僧とともに、仏像を作る仏師や寺を造る大工、仏画を描く絵師たちも朝鮮半島などから渡来した。

 初期には百済からの絵師が多かったが、聖徳太子が摂政を務めていたころ、朝鮮半島北部〜中国東北部にあった高句麗系の黄文(きぶみ)と山背(やましろ)という絵師集団が渡来していた。聖徳太子は高句麗出身の僧・慧慈(えじ)に仏教を学ぶなど、中国と地理的に近い高句麗の情報を重視していたことがうかがわれる。

 ■金堂に残る絵師のユーモア

 キトラ、高松塚、法隆寺壁画の絵師の最有力候補とされるのは、飛鳥時代末に活躍した黄文本実(きぶみの・ほんじつ)という人物だ。唐に渡って修業し、奈良・薬師寺の仏足石の図案などを携えて帰国したとされる。

 その原画をもとに壁画を描くのは、多くの絵師の共同作業だ。こうした無名の絵師たちの落書きが、法隆寺の金堂や塔の天井板などに残っている。マンガのキャラクターのようなおかしな顔もあり、彼らのユーモアのセンスが伝わってくる。

 ■地方にも広がる壁画文化

 仏教とともにやってきた絵師らは、仏像の台座や光背の絵や、建物内に飾られる刺繍(ししゅう)の下絵、塔や金堂などの建物を飾る壁画に腕をふるった。

 飛鳥時代に内部を壁画で飾っていた寺院は法隆寺だけでなく、全国各地にあった。91年、鳥取県・上淀廃寺で神将や菩薩(ぼさつ)などの壁画破片が出土。滋賀県・日置前廃寺や京都府・山崎院跡でも、破片となった壁画が発見され、地方の豊かな仏教文化が明らかになった。

 法隆寺でも、聖徳太子が創建して670年に焼失した「若草伽藍(がらん)」のものと見られる壁画片が2004年に出土した。多くの寺院で、仏教的な世界を再現するための重要な役割を壁画が担っていたようだ。

(天野幸弘、今井邦彦)


◆「キトラ古墳壁画十二支 子・丑・寅特別公開」

 キトラ古墳の壁画を特別公開するもので、06年の白虎図、07年の玄武図に続き十二支の子、丑、寅図などを展示する。総合的な理解を深めてもらうため、関係資料約70点を集めた全体展も開く。

 会場:奈良文化財研究所飛鳥資料館(奈良県明日香村奥山)

 【全体展】4月18日〜6月22日(5月7、8日の休館日を除き、無休)一般260円、高校・大学生130円

 【キトラの子・丑・寅図特別公開】全体展期間中の5月9〜25日(無休)一般500円、高校・大学生300円(いずれも中学生以下は無料)

主催/文化庁 奈良文化財研究所飛鳥資料館 共催/奈良県 同県教委 明日香村 同村教委 後援/朝日新聞社


 ◆「高松塚古墳壁画公開」(仮称)

 高松塚古墳の壁画は現在、石室ごと解体されて近くの施設で修理中。5月末から10日間程度、施設を公開する。会期は文化庁が近く正式に決める。ガラス越しだが、実物の壁画を見られる。ただし見学者は定員が決められ、抽選になる可能性が高い。

 抽選にもれても、同古墳の隣の高松塚壁画館では、発見当時の姿と一部を復元した姿での壁画模写を展示。石室の実物大模型もあり、壁画の発見者の気分を味わえる。銅鏡や飾り金具などの副葬品の実物は、キトラ古墳壁画が公開される飛鳥資料館に展示されている。

 会場:文化庁の修理施設(明日香村平田)

 会期:5月末〜6月下旬

主催/文化庁


 ◆「国宝 法隆寺金堂展」

 法隆寺以外では初公開となる、国宝で日本最古の四天王像(木造)や、重要文化財の阿弥陀三尊像(銅造)、仏像の台座・天蓋(てんがい)、同金堂内陣旧壁画の飛天図、金堂再現壁画など計30点を展示する。

 会場:奈良国立博物館東新館(奈良市登大路町、奈良公園内)

 会期:6月14日(土)〜7月21日(月・祝)(7月21日を除き、月曜休館)一般1200円、高校・大学生800円、小・中学生500円

主催/奈良国立博物館 法隆寺 朝日新聞社 後援/文化庁 奈良県 NHK奈良放送局


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