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本当に苦しむ死に直面 生命科学者・柳澤桂子さん

2009年1月16日

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写真やなぎさわ・けいこ 38年生まれ。三菱化成(現三菱化学)生命科学研究所主任研究員を退職後、執筆活動に。著書に『二重らせんの私』『生きて死ぬ智慧』など=東京都多摩市、秋元孝夫さん撮影

 生命科学者として先端の研究に挑みながら難病のため45歳で断念、その後、サイエンスライターとして生命について書き続けてきた柳澤桂子さん(71)。近年はこころについての洞察にあふれる著作が目立つ。命の奇跡を見つめ、死と向き合う思いを聞いた。

 ――40冊余りの著書のうち、歌集も2冊。近頃、どんな短歌を作られましたか。

 「正常な呼吸が突如崩れだすこうやって死に近づいていく」「彼岸へと入(い)りにくき人の苦しみにコスモスの花窓辺をゆらぐ」――。去年10月、老人病院に入院した時の歌です。

 同室の女性3人のうちの2人が100歳前後で寝たきりでした。1人はほとんど眠っていてガーガーという呼吸音が止まったり聞こえたり。「寒い」「死にたい」くらいしか言えない。もう1人も「アー、アー」としか声が出ないけれど、死にたい気持ちが伝わってきました。

 あんなになっても死ねない。一方で、ぽっくり死ぬ人もいる。死はもっと美しいものだと思っていましたが、死ぬに死ねない人たちと1カ月暮らし、本当に苦しむ死を見て、ものすごいものだと実感しました。

 ――最初に入院したのが40年前。その後も様々な病気で入院や手術を繰り返されました。

 今はベッドの上で寝たり、起きたりの生活。脊椎(せきつい)の8カ所がつぶれ、長時間座っていられませんが、調子が良い時は午前と午後に40〜50分ずつベッドわきのパソコンに向かいます。

 ――ご自身も10年前には尊厳死を考えたそうですね。

 激しい腹痛に不整脈で心臓が苦しく、一刻も早く苦痛から解放されたい気持ちでした。食べ物ものみ込めず、点滴で栄養を流し込まれて。動物なら生きていられないのに、ただ生かされているのは不自然。夫や主治医にチューブを外すようお願いしました。でも娘の動揺が激しく、こんなに私に頼っていたのかと知り、思いとどまりました。命は自分だけのものではない、と改めて気づきました。

■生命は奇跡の重なりの上にある

 ――「いのちの教育」の大事さも強調されていますね。自殺者が10年連続で3万人を超え、無差別殺傷事件も目立つ。こんな世相をどう見ていますか。

 生命は40億年近いリレーの中で、地球が火の海になったり、凍結したりして何回も絶滅の危機に遭いながら、切り抜けてきました。奇跡の重なりの上に、いま私たちは生きています。命の尊さを知り、地球に生きていることの不思議さに対して謙虚になること。その姿勢を教えないと、人は成熟できません。

 ――最近の著書を読むと、宗教を学ぶことで悟りに達しているようにも感じます。

 十数年前に車いすで外出した時、通りかかった女性に「お気の毒ですね」と言われました。「みじめだ」という目で見られているのか、といやな感じがして、木陰で考え込んだ時にふっと、「私がいなければ、この考えはない」「自我がなければいいんだ」と気がつきました。ジェット機で雲を突き抜けて真っ青な空に出る時の感じでした。

 悩みも苦しみもない世界がある、と分かったら、もう怖くはない。入ろうと思えば、自我のない世界に入れる。雑念がすべて取り去れれば、真っ青な空の中に自分なしでいられます。

■「神なしの境地」が理想の生き方

 ――ご自身の死についても?

 「あなたも宇宙のなかのほかの粒子と一つづきで……実体はない」。般若心経の「空(くう)」の世界を、私はこう訳しました。実体のない自分。その死も別に怖くはありません。

 死にたくても死ねない老人病院の女性たちを見て、正直なところ、死についての感じ方は揺れています。でも、人間の死も散っていく紅葉と同じで、自然のなかの一つの景色として眺めれば、ささやかな出来事。静かであってほしいものです。

 ――生命科学の研究者として、宗教をどうお考えですか。

 宗教はいずれ科学で解ける、と考えています。私も強いストレスにさらされる中で何度か神秘体験に出合いましたが、それも脳の研究が進めば、脳内快感物質の分泌と関連づけて説明できるようになるでしょう。

 一方で、人が自己を高め、心の成熟を得るために、苦悩と祈りは大事です。ナチスに処刑されたドイツの神学者ボンヘッファーは「神の前に、神とともに、神なしに生きる」という言葉を残しました。謙虚に、自分を大事にして、自分の足で生きるという「神なしの境地」が私には理想の生き方です。(谷啓之)

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