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高山寺 幼子を 送る悲しみ 身にまとい

2008年02月15日

 鳥羽僧正の作ともいう「鳥獣人物戯画」で知られる同名の寺が京都市右京区の栂尾(とがのお)にあるが、ここは阪急西院駅前だ。平安時代、淳和(じゅんな)天皇が造営した離宮が西院と呼ばれたので、それが地名になったという。門前に「淳和院跡」という石碑が立っている。

写真=京都市右京区西院高山寺町で

 境内に入ると、花崗岩(かこうがん)を丸彫りした大きな地蔵石仏が目に飛び込んできた。高さが3メートル以上ありそうだ。右手に錫杖(しゃくじょう)を持たない古式地蔵である。幼くしてこの世を去った子どもの成仏を願う、庶民の信仰を集めてきたに違いない。地蔵像の後ろに積まれた小石仏に常緑の木の葉がからまっている。賽(さい)の河原で地蔵が幼子を救う「地蔵和讃(わさん)」の一節が聞こえてくるようだ。和讃にもとづいて、全国で多くの地蔵石仏がつくられたという。

 四条通に出て振り返ると、もうひとつの石碑に「西院之河原」と彫ってあるのに気づいた。西院には「さいいん」ではなく「さい」と読みがながふってある。(写真家・大塚努)

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