多川 先日、たまたま小金井喜美子著「鴎外の思い出」を読んでおりましたら、「落丁本」という文章の冒頭に、「農科大学前の高崎屋は昔江戸へ這入った目印で…」とあり、何だか不思議になつかしい気分がしました。
というのも、94年に初めて先生に会うために参りましたのが、たしか、タカサキヤビルの先生の個人事務所でした。タカサキヤは高崎屋の後身なんでしょうか。
その時の訪問の主旨は、先生の新作能「無明の井(むみょうのい)」を興福寺の塔影能で取り上げたいということでした。それは96年に実施したわけですが、その話は後で取り上げるとして、その後、先生の創作意欲は止まるところを知らないで、いろんな新作能、しかも問題作を世に問うてこられました。
近いところでいえば、昨年の「原爆忌」と「長崎の聖母」ですね。それぞれ広島と長崎で演能されて、たいへんな反響だったとお聞きしています。私は実に残念なことに、実際に拝見できなかったのですが、詞章は読ませていただきました。そのかぎりですが、テーマは鎮魂と再生ですね。原爆投下60年の年でしたし、目を世界に向けると核は拡散の方向ですから、日本文化として、世に問わねばならなかった作品だという思いを深くします。実際のお舞台や反響はどのようでしたか。
多田 確かに江戸のはずれ、岩槻街道の基点にあった高崎屋ビルの5階の私の事務所に、見慣れぬ手甲脚絆の僧形でお見えになったのを、ありありと思い出します。それが、興福寺塔影能で拙作の「無明の井」を上演なさるというお話だったのがご縁の始まりでした。
伝統ある興福寺の塔影能に、脳死と心臓移植を題材にした新作能を取上げてくださった英断に感激いたしました。翌年の塔影能の当日は、鬼才と呼ばれた故橋岡久馬師の熱演が、観客の新しい死の疑問と一体となって、熱のこもった舞台となったことを覚えています。
その後も戦中の朝鮮人強制連行の悲劇を題材にした「望恨歌」など、現代的問題に材を取った新作能を書いてきましたが、昨年は原爆投下60周年を記念して、[原爆忌」と、「長崎の聖母」という2作を発表しました。広島の悲劇はいわば表象不可能なものですが、犠牲者への鎮魂の念を託すには、能というジャンル以外はないと思ったのです。長崎の被爆には、もうひとつの面があります。カトリックの信仰です。そこには復活と再生への祈りがあります。悲惨さの中に再生への希望を描きたかったのです。
能にはもともと鎮魂と再生を描く下地があります。たとえば「隅田川」のような、どうすることも出来ない悲劇を、深い鎮魂の劇として昇華させるやり方、「当麻」のように、聖性を持った人間が復活、昇天する作劇法。いずれも能の独壇場です。それを現代の能に復元したかったのです。
「原爆忌」では、犠牲者の亡霊が水を求めてさまよう様が再現され、一人残された灯篭流しの老女の鉦鼓が鎮魂歌を添える幕切れとなりました。
「長崎の聖母」の浦上天主堂での初演は、会堂に美しいグレゴリオ聖歌が鳴り響き、ステンドグラスに夕日がさし、能管のヒシギが鳴り渡って始まりました。教会でなければない音響効果です。爆心地に現れたマリアは、「早舞」に魂の救いと復活の祈りを托し、神々しく昇天しました。キリストの磔刑の像にそこだけ光があたり、ワキが祭壇の燭を静々と持って退場するとき、偶然にもアンジェラスの鐘が鳴り始め、信者らは感動に涙を流して見送りました。爆心地の浦上という「トポス」の力と、被爆後最初の御ミサが行われた日であったという観客の思いが入り混じって、舞台の成功に導いてくれたと感謝しています。この成功には、現代の精神世界、ことに宗教と能とのかかわりがあったと思います。これも、現代で能のなすべきことのひとつだと思います。
多川 そういうお話を聞きますと、場のもつ力と観客の思いとが加わった初演に立ち会えなかったのが、つくづく残念です。現代に受け継がれている能は、いろんなものをぎりぎりまで削ぎ落とした演劇ですが、「長崎の聖母」の現地での初演は、そういう意味では、ちょっとプリミティブな感じだったかなと想像します。
いまのお話で興味深いのは、「宗教と能とのかかわりがあった、現代で能のなすべきことのひとつ」という点です。能とは何かというとき、私は、能とは祈りだ、と言い切っていいように思っておりますので。能の主人公の多くは、非業の死者や不幸な人たちで、私たちがそういう彼らにどう向き合っていくか、それが 能の重要なテーマだという気がしています。
そして、それを突き詰めていくと、私たちにできることはもう、祈りしかないのかもしれないし、その祈りも、深い沈黙です。それを死者と共有していく他ない…。長崎での能も、多分、ワキが祭壇の燭を持って静かに退場してから始まったのだと感じますが、宗教と能との濃密なかかわりのご指摘は、とても重要ですね。この点、もう少し、先生の思いをお聞かせくださいますか。
ところで、能の重要なテーマに問題提起があるということを、先生の新作能から教わりました。平成8年秋の興福寺塔影能では、脳死問題を扱った「無明の井」を取り上げさせていただきましたが、シテの橋岡久馬さんの「なふ、我は生き人か、死に人か」には皆ゾクリとしました。終了後、何人もの人から、脳死について改めて考えなければ、という話を聞きました。能という日本文化の形式に基づいた、この脳死者の問いかけは、臓器移植というポイントで考え出された死の概念の、ある種の底の浅さに、私などは気づかされました。先生は脳死に反対ではないというお立場とお聞きしていますが、そういう基礎医学者としての先生が、脳死を日本の文化というところから問い直ししておられることは、すばらしいことだと思っています。
こうした問題提起としては、先生には「安楽死」という新作能もありますね。これはまだ、お舞台にかかっていないので、いわば未発表の作品ですが、ちゃんと入手して詞章を読んでおります。「胸乳が岩のごとくに腫れ、その痛みたへがたい」妻の自殺をついに手助けする夫が主人公。その夫が殺人罪に問われ、高瀬舟に乗せられ遠島になる。その亡霊が出てくるわけですが、「われらが罪のありかをば、たださんために来たりたり」と、問いかけています。この作品はやはり、いつぞや実際にあって一時社会問題になった安楽死事件がキッカケですか。
それと、私にとって興味深いのは、この亡霊を乗せた船頭(ワキ)が、ところの者(アイ)と「他生の縁」ということもあるからと供養しようとして、「われらが罪のありかをば、たださんために来たりたり。おん弔いを止め賜へ」と、供養を断わる場面です。そして、ひたすら地獄の苦しみを描いて、闇の底に沈んでいくという結末です。
ふつうは、ワキが僧なら回向して成仏。この作品は、船頭とところの者ですから、それぞれの念仏が融通し合って 往生を願うという融通念仏的なイメージかとも思いますが、いずれにせよ、そうした救いを拒否しています。
あえて言えば、安易な救いなぞいらぬ、というわけですね。私は、とてもここにひかれます。もちろん、その安易な救いを拒否する彼方には、深く救われたいという激しい願望があるでしょう。ここに、先生の深い心の世界がほのみえるように思っていますが…。
多田 能を祈りと見るお考えに私も賛成です。それが鎮魂の祈りだったり再生への祈願だったりする。そして懸命の祈りは、深い沈黙やそれを突き破る激しい能管や大鼓の音、呪文のような謡の響きになるのです。そうした祈りの感動が宗教的なものになる、また逆に信仰という下地が能の感動を支えているのだと思います。長崎天主堂での能も、単に被爆の悲惨さを描いたものならば、あんな感動は与えなかったと思います。カトリックの信仰と一緒になって感動を倍増したと思います。
貫首様が、私の未発表の能の脚本をご覧になったとは知りませんでした。安楽死を題材にした「高瀬川」は、京都で実際にあった安楽死事件にショックを受け、鴎外の「高瀬舟」を下敷きに書いた習作です。私の立場からは、現代の第一級の問題を能の形で問いかけるのも、演劇としての能の使命だとおもっています。源氏物語でも今昔物語でも、能の題材はいくらでも残されています。でもそんな落穂ひろいをしても、せいぜい古典の能の二番煎じになるだけで、現代人に感動を与えることは出来ないでしょう。
安楽死、尊厳死は脳死と並んで現代人に解読不能な難問を投げかけています。これも日本という風土と文化を考えに入れなければ底の浅い議論に終始するでしょう。
高瀬川の罪人は、乳がんの末期の妻を安楽死させた罪に問われています。しかし、誰が彼に罪を問えるのでしょうか。この罪人は、罪のありか、そして人間の責任を問いかけ、答えが得られない生死の川に現れます。答えがないなら、曖昧に許されることを拒み、成仏を拒否します。それが「おん弔いを止めたまえ」という詞章になったわけです。今までの能とは反対の結末です。私は答えのない地獄を描くことによって、現代医療と人間の生命を問いたかったのです。
この作品は、能としてのかたちに破綻があり、故人となられた白洲正子さんから、「ツレを働かせないと舞台にはかかりません」と批判されて、とうとう幻の能となってしまいました。でもいつか書き直して舞台にかけたいと思っています。
この問題はいまだに議論にさえなっていません。オランダでは尊厳死法がすでに施行されていますが、日本の風土、文化に合った答えをそろそろ模索するべきときが来ています。医学の進歩は、延命の技術に関してはますます進歩しています。そんな延命が人を幸福にするのかと問いたいのです。
多川 ご指摘の中、私はとりわけ「呪文のような謡の響き」に思いを深くします。その点で、地謡の力量が問われますね。シテの重要な心理が示されるクセの場面が能の中心ですが、仏教で地涌の菩薩というのがありますけれど、重い詞章を抑制のきいた地謡が謡うと、何か地からわき上がるような荘厳な気分になります。こういうところは割合淡々とやった方がいいと思うのですが、今はどうも重く謡う傾向にあるようで、私などはつい白けてしまいます。
それはともかく、未発表の「安楽死」も、なるだけ早くお舞台にかけていただきたいものです。私たちの社会は相変わらず「若さ」や「生」にばかり価値をおいていて、もうすぐそこに高齢社会が来ているのに、なかなか「老」にシフトできないでいます。まして、「死」はできるだけ避けて通ろうとしています。
いつも思うのですが、私たちのテーマの立て方は「生と死」とか「自然と人間」とかで皆、対立的です。自然の中の人間がどうあるべきなのか、が問題なのに、自然と人間とを対立させて読み解こうとするから、おかしな結論になる。たとえば、「自然にやさしく」なんて、どう考えても変ですし、人間の傲慢さもついにここまで来たかと思わざるを得ません。しかし、マイルドなキャッチに惑わされて、その傲慢が見えない。すごく怖いことだと思います。
「生と死」もそうで、死はさすがに否定できませんが、マアいずれのこと。当分は、生を存分に楽しもうという魂胆じゃないですか、ふつうは。そういう気持ちからは、死の問題はみるみるうちに脱落していく。死を忘れた生もやっぱり傲慢です。仏教はこの点「生死(しょうじ)」と包括的にとらえる立場ですが、社会の動向に流されていて、主張し切れていないように思っています。
でも一体、人間はどのくらい生きたら満足するんでしょうね。不老長寿が人間の永遠のテーマだといえば、それまでですが、それを物語としてあどけなく語り継いでいる間はよかったのですが、生命科学のいわば直線的な進展によって、何やら現実のものになりつつあるように感じます。先日、ある未来学者のエッセーを読みましたら、あと四半世紀もすれば、人間の寿命も飛躍的に延びるだろうとありました。人生50年が平均25年ほど延びただけで、社会の対応はオタオタしていますから、倍ほども延びたらどうなるのか心配です。といいつつ、その裏側で生の執着が厳然とあるのですが、しかし、闇雲に長寿を目的とするのではなく、結果としてそうあればいいというワキマエが今、求められているように感じます。
先生が医学とりわけ延命技術の進歩の実情を見すえられて、「そんな延命が人を本当に幸福にするのか」と問われる、しかも、それを能という日本文化を通して問いかける。それはまさに、先生の独壇場です。どうか是非なく、「安楽死」を改作して社会に問いかけて下さい。
なお、不老長寿については、イェイツの「鷹姫」もそうですね。しかし、この曲は、不死の泉を汲もうとする老人も若い王子も、鷹姫の魔性の呪いに眠らされて汲むことができないわけですが、科学技術を発展させた人間は、いのちの水を汲みつつある、ということですね。こんなことをいったら怒られそうですが、科学というのは要するに、人間の好都合の追求だと思いますが、好都合ばかりを求めていくほどに、不都合が出てきています。それを否定することはできませんが、それならば、つねに先端をいこうとする科学の中にも「あえて踏みとどまる」という思想があってもいいと思うのですが、この点、どうなのでしょうか。
多田 今日は春の嵐が吹き荒れました。でも、こぶしの梢には白い花が打ち上げ花火のスターのように咲き広がりました。いよいよ春です。
さて、呪文のような声のことですが、限界状況を物語るときは、澄んだ美しい声では語れません。能の地謡が呪文のように聞こえたり、琵琶の胴をたたいたりこすったりする音も、魂の呻きがそうさせているのだと思います。仏教の声明、梵鐘の響き、日本の楽器の複雑な音も、どうしても澄んだ音では語りきれない情念を表現したいからでしょう。日本文化を考えるためには、理解しなければならないことのひとつとと思います。複雑な音は複雑なリズムを伴います。能の拍子などはそのいい例です。
貫首様のおっしゃるように、「死」を思わぬ「生」が横行しています。私は脳梗塞で生死の境をさまよったからか、「生の中の死」、「死の中の生」に意味を見出しました。死の影を感じながら生きる充実感、生きる喜びをやがて来る死の瞬間まで持とうという意思です。ヨーロッパの「メメント モリ(死を思え)」というのとはちょっと違います。生と死を対立的に考えないからです。知らず知らずに、死の中の生を生きている。生の中の死を生きている感覚です。仏教が生死を包括的に捉える立場は、混迷した世相に知らしめるべき時だと思います。
自然についても同じ感覚があります。デザイナーの三宅一生さんが、「あなたにとって美とは何ですか」と聞かれたとき、やや考えて「自然の隣においても、おかしくないもの」と答えられました。自然の中においてもおかしくない人こそ人間なのだと思います。「自然に優しい」など、おっしゃるとおり人間の傲慢です。地球に優しくするには、地上から人類が消えてしまうのが一番です。ここまで地球をだめにした罪は、優しくするなどということではすまないのです。
老化や死の遺伝子が解明されれば、遺伝子操作で人間の寿命は延びるかもしれない。しかしそれで幸福になるとは思えません。地球の寿命はますます短くなるでしょう。人類は老人の持つ知恵を獲得していないのです。いつまでも生を楽しむことのみに現を抜かして、このまま自然破壊が進めばどうなるかを考えようとしない。イェイツの「鷹の井戸」はそれを警告しています。私は今後二百年も人類が生き延びられれば、幸運のうちだと思っています。
生命科学は、医学にも革新をもたらしましたが、人が幸福になるためには、不老不死を追い求めるのではなく、魂を救う方策を見つけなければなりません。最近の心が寒くなる犯罪では、何かが人間から失われてゆくような感じを持たざるを得ません。貫首様はどうお思いになりますか。
多川 奈良仏教の私たちは基本的に葬儀を祭司しません。が、人を次生に見送るということの重大さは十分知っているつもりです。いくら死が社会的に隔離されているといっても、親しい人との永遠の別離は、死を強く意識させます。そうであれば、日本の仏教は葬式仏教だと一般的に揶揄されてはいますが、しかし、その葬送の中にこそ、生死を包括的に考えるカギがひそんでいるだろうと考えます。
ところで、「今後200年も人類が生き延びることができたら、幸運だ」というのは、衝撃的です。光と影といいますが、科学の中には、つまるところ、影の部分を強く意識して、あえて踏み留まるという思想が希薄なのですね。
しかし、考えてみれば、そのようにしか科学者を育てていない。知人の子どもで医師になったのがおりまして、医科大学で宗教思想や倫理の問題はどうなっているのか聞きましたら、アルフォンス・デーケン先生の「死の哲学」の単発的な講義を聴いただけ。大体そんなもんですよ、でした。教育課程にもっと宗教や倫理の時間、あるいは、日本文化論などを入れ込むことによって、宗教や哲学との連携が図れるでしょう。是非、そういう提案を、科学の中からしていただきたいものです。
今、思い出したのですが、脳梗塞から再生された先生への最初のメールで、私はたしか「行動的で多忙な先生が、思索を一層深める時間を得られたのだ」という意味のことを書きました。ちょっと失礼かなと一瞬躊躇しましたが、誤解されないという確信みたいなものがあって、そのまま送信しました。
その時はもちろん先生一個人の問題として、そう述べたのですが、しかし、よくよく思いをめぐらせれば、すべての科学者がここら辺りで一度立ち止まり、思索を深めなければならない、ということを象徴しているような気がしますが…。
それから、もう一つだけ…。心理学が発達して、意識は氷山の一角、水面下には膨大な無意識の領域が広がっている、それが人間の心だということは私たちの常識になっています。たとえば、臓器移植の議論などを聞いていますと、どうも意識のレベルで事を運ぼうとしているようで、これでいいのかと感じます。
といいますのも、私は法相宗の唯識仏教を立場にしていますが、この仏教では、個人の阿頼耶識(あらやしき)という意識できない深層領域がその人を根底から支えていて、その人のすべては、その阿頼耶識から展開したものだと考えます。阿頼耶識の阿頼耶はサンスクリットのアーラヤの音写、蔵とか倉庫の意味です。過去のすべての行動情報を劣化させないで蓄積しているので、そう呼ばれるのですが、この阿頼耶識という無意識の領域は実は、有根身(うこんじん)をも執持していると考えられています。有根身とは肉体です。つまり、肉体は無意識の対象であって、意識がどうのこうのできるものではない。ですから、唯識思想によれば、臓器を提供する・しないという意識の決定そのものがいわば越権行為なんだと思います。
こうした考え方をどう解釈するかですが、私は、考えに考えぬいた結論だといってもやはり底の浅いものに、与えられたいのちとか肉体というものを委ねてはいけない。そういういわば神聖なものに、浅い意識が手をつっこんで操作すれば必ず問題が起こる。そういう指摘とみたい。あるいは、意識はどうしても分析的になりますが、人間というものはどこまでも全体として捉える、人間とはそういうものだ、というメッセージと受け止めたい。臓器をパーツと捉え、取り替えるというのは、それを求める人にとっては、おおきな光に違いないでしょう。しかし、人間社会の全体を視野に大きく考えれば、その光が深い影を落としていく。すでに、臓器の売買も現実の問題になっています。
私個人としては、ですから、与えられたいのち、与えられた肉体をなるべく加工しないで、この一生を終えたいのですが、これは知足の問題でもありますね。知足すること、それから、自然の一員として小さきいのちを自覚すること、その辺りを私としてはテーマにして、機会あるごとに皆様といっしょに考えていきたいと思っています。その知足すること・自覚することの彼方に、「人間の本来」がみえてくるように思いますが…。
多田 200年で滅亡するだろうというのは、もし人類がこのまま崩壊を続けたらの話です。それまでに、本当に人間の叡智が現れなければ、また気の遠くなるような時間をかけて、進化の歴史をたどらなければならないのでしょう。そうなる前に目覚め、考え、行動することが出来るかということが問われているのです。
貫首様が、脳梗塞で体が不自由になった私に、考える時間が持てたと思いなさいと、言ってくださった事を思い出します。その後は、好むと好まざるに関わらず、考える時間は増えました。今は考えるのに忙しいほどです。それに、重度の障害の苦しみが加わりました。苦しみは人を成長させます。受苦という経験が、今まで知らなかったことを発見させてくれました。受苦の中に生きる喜びもある。快適さの中にはなかった喜びです。
仏教のことを知らない私が、半可通のことを言うつもりはありませんが、わたしたちの意識は有限の世界で、もっと広い深い、無意識の世界があることはわかります。そこに過去の意識を積分した、自然の意思のようなものとすれば、それに従うのが本来でしょう。人間の意志がこれほど当てにならない世界なのですから、その阿頼耶識を覗き見る方法こそ求められることでしょう。ひょっとすると、それが解決の糸口になるかもしれないと希望をかんじます。その立場からの発言をお願いします。
臓器移植にしても人工受胎にしても、一度始まるのを許せば、ととどまるところを知らない。矛盾が起きても当面の都合で糊塗してしまう。そして先を急ぐから、人間の知の行き着く先は恐ろしい。それを貫首様が浅い意識といったのですね。医学教育の中でそういう問題を取上げているところは少ない。教える側が戸惑って判断停止しているからです。それが医学教育の現状です。しかも、こういう問いには単一の答えはない。まさに「無明の井」です。
臓器売買も代理妊娠もそれです。どこかで踏みとどまらなければならない。しかし踏みとどまるにも基準がない。科学者の欲望は限度がないからです。私も問題を指摘するだけでは、いけないと思っています。「無明の井」を書いたのもそんな気持ちからです。日本の文化に根ざした脳死に対する解決法を模索したかったのです。貫首様がこれにどう答えるか教えてください。
多川 踏みとどまるにも基準がないというのは、西洋思想に基づいた科学や技術のもつ宿命でしょうか。それによって、たしかに進展してもきた。しかしその一方で、歴史的な風土などについて、それを現状凍結で保存するという考え方があります。社会的にも認知されていますが、この点はどうも西洋の方がむしろ熱心なように思います。分野が違うといってしまえば、それまでですが、こういう考え方は導入できないものなのでしょうか。基準の問題というより、科学者の勇気の問題のような気がしますが。
いつでしたか先生から、子を亡くした母親の煩悩がクローン人間をつくるのではないか、と聞いたことがあります。そのとき私は戦慄を覚えましたが、人間がそういう技術をもった以上、仏教の煩悩考察からしても、厳しい規制を施さないかぎりは、そういう方向に向かうのだろうと思いました。
しかし、なるほど姿カタチは瓜二つ、声だって愛しいわが子と同じだけれど、亡くなったその子では絶対にない。そういうクローンで母親の悲しみが救われるとしたら、亡くなったその子どもこそ悲劇です。もし、そういう事態になりそうになったら、その母親の煩悩は間違っていると、きっぱり言わなくてはいけないし、また、亡くなった子をずっと思いつづけることこそが親のするべきことであり、それが本当の愛情・供養の心なんだと言わねばなりませんね。
ところで、前のメールで自分自身の考え方として、与えられたいのちとか肉体というものをなるべく加工しないで、この一生を終えたい、それは知足の問題だと言いました。やはり、日本の文化に通底する「あるがまま」ということの影響だと思います。
そういう日本の文化に根ざした脳死に対する解決というのは、私は困難なのではないかと思います。脳死で一番の問題点は、その死の概念が臓器移植を前提として出てきたところにあると思うのです。つまり、死という人間にとってきわめて全体的なことがらが、臓器のやりとりという部分から出ている。この死の概念には、そういう落ち着きの悪さがあります。臓器移植法が成立して9年になりますか、私たちの社会では、思ったほど脳死による臓器提供は多くないようですね。そこで、法律をいじろうという動きがありますが、やはり臓器提供がきわめて少ないという現実をまず直視するべきなのではないかと思っています。脳死という考え方自体、そもそも日本の文化になじまないのではないでしょうか。
なお、他者の臓器はすんなり受け入れられないようですが、先生のご専門の免疫学では、この点、どのように考えるのですか。そういう非自己への抵抗は、薬でアレンジするから問題なし、なのですか。
このメール対談も、そろそろ終わりかと思います。折角の機会ですから、一、二話題にしておきたいことがあります。一つは、社会性と個性についてです。近年、小学校低学年の学級崩壊が問題になっていますが、個性尊重があまりにもすぎた当然の結果のように思います。若い人たちは狭い歩道でも人をよけることがほとんどありません。基本的な社会性すら希薄です。社会性の問題は当然、視野の広狭とか惻隠の情などと連動しますので、幼少時は個性よりも、むしろ社会性を身につける教育こそ必要なのではないですか。
こんにちの個性尊重の教育は、一口にいえば「おだて」。個性というのは、ほめられたからのびる・そうでないとのびない、というものではなく、どんな状況下でものびるのが個性だと思いますが…。先生の教育観の要点をお聞かせ下さいますか。
二つ目は、先ほどの日本文化の話に関連しますが、日本文化の根幹を何に求めるか、についてです。私は、神仏習合に求めたい立場です。もっと深い層を問題にする立場もありますが、千年以上にわたって明確に日本人の考え方や生活を指導し支えてきた事実は重要です。そして、伝統性の神祇と外来性の仏教とがこれほど和合したのも、神祇と仏教とが共に、さまざまなものに価値を見い出す多神教的要素が濃厚だったからだと思います。それを日本は139年前に捨てました、ほとんど議論なしで。強力な中央集権国家をつくるためには一神教が必要だったわけですが、まず国民指導の原理を変え、その上で富国強兵・殖産興業の政策でした。こうしてみると、明治維新というのはなかなかよく考え抜かれた社会改変だと、改めて思います。
そして、それで日本は近代化し、ひととき軍事に懲りましたがその経済主義によって、物が豊かになり、同時に、多くのことを金員に換算して考える世の中となりました。それはともかく、慶応4(1868)年の神仏分離政策のおかげで、日本人の宗教観はずたずたになりました。
「文明の衝突」が問題になっていますが、ユダヤ・キリスト・イスラムという同根の一神教同士の衝突が、多神教エリアを巻き込んでいる構図です。そうしたとき、神仏習合の形態に学ぶべきことは多いと考えます。さまざまなものに価値をみる「八百万の神」や、生きとし生けるものを同じ地平で考える「衆生」などの言葉で、近未来の私たちの社会を考えてみたいと思っております。
多田 科学の進歩はとどめることが出来ません。人が新しいものに対して好奇心を持ち、その理屈を求める。そして知ったからには、それを応用するというのは、ほとんど科学の本性のようなものです。それに対して人間は進歩しませんから、自分が作り出した科学の成果に振り回されているのです。
踏みとどまれといっても、科学をはじめてしまったらとどまれるものではありません。むしろ人間が科学を制御できるような叡智を持つことが必要です。人間の進歩はあるのかといえば、たとえば人権というものを発見したのは今世紀に入ってからです。テンポは遅いけれど、それに期待するしかありません。
おっしゃるとおり生命倫理に対する見解は、西洋と日本では異なります。クローンの問題は、その典型です。ほかにも出生前の診断で、障害をもった子が生まれると知れば、西洋では中絶をするのが当たり前のことです。日本では「障害児だからこそ、生んで育てる」という考えもあるといったら、西洋の倫理学者に一笑に付されました。こういう問題にも成熟した議論が必要です。
あるがままというのはひとつの理想です。でも現実には、医療の発達によって、どうしても人工的に生かされてしまうのを防ぐ手段はありません。医学がその方向に進んでいるからです。せめて自分の「死」は自然にという願いから、生前の意志で尊厳死を選ぶことは出来ます。そこには、しかし、まだ解決されない問題が山積しています。今問題になっている富山県の「安楽死」のこともそうです。医師や病院の恣意によって、死の様式を決めることは許されません。まず患者の意思、医学的、法的妥当性、遺族の意思、それらをひっくるめて、宗教者を交えた死の儀式を行って、初めて許されることと思います。もちろん無用な延命治療をやらないことが前提です。医師は無益な延命に走ることに、もっと慎重になる必要があります。それを問いかけたのが、新作能「高瀬川」です。
臓器移植は、免疫学的にも限界があります。個体の「自己」が、それを不自然なものと認識して拒絶するからです。今でも小腸などは大量の免疫抑制剤の投与によらなければ、拒絶されてしまう。小腸そのものが免疫組織だからです。がむしゃらにやっても、生きて副作用で苦しむことの方がつらい。それではどうするか。私は、静かな「諦め」というのもひとつの選択かな、と思っています。患者や家族にとってはつらい選択ですが…。
私は、教育は遺伝子の発現に応じて行うのが本来だと思います。言葉を覚える遺伝子が発言するときには、脳は、無限に言葉と発音を覚えてゆきます。幼時に外国へ行った子供は、その国の言葉をネイティブの人と同じアクセントで話すことが出来ます。何ヶ国語も話せる。成人してからでは出来ないことです。数字の遺伝子もこのころ発現します。要するに「読み書きそろばん」のころは、言葉と計数の感覚を養えばいいのです。このころ、社会性の遺伝子発現も芽生えます。親を真似し、友達を作る。個性などは、中高生になってからでもいいのです。それを小学生のころから、個性だの、ゆとりだのといって、基本になる読み書き計算と、社会性を叩き込まないから、学級崩壊、学力低下、社会性の欠如を引き起こすと思っています。
日本文化と宗教の関係は、まさにおっしゃるとおりと思います。日本のアニミズムは、神と仏を融合させ、世界一寛容な宗教を作り出したのだと思います。平和と愛をモットーとした宗教が、限りない憎しみと、報復の連鎖に陥っているとき、善も悪も包含できる寛容こそ、宗教に求められる理念だと信じます。仏教のことを知らない私でも「草木国土悉皆成仏(そうもくこくどしっかいじょうぶつ)」などとと聞けば、なんと心の広い世界観かと驚きます。日本文化の深層にこういう思想があったことに誇りを感じます。(おわり)