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作家 高村薫さん たかむら・かおる 1953年、大阪市生まれ。93年「マークスの山」で直木賞を受賞。近作の「晴子情歌」「新リア王」に続く3部作の第3作の執筆を準備中。 |
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法然院貫主 梶田真章さん かじた・しんしょう 1956年、京都市生まれ。84年、法然院の第31代貫主に就任。緑豊かな境内を生かし、自然環境と親しむ市民活動や芸術文化活動を進めている。 |
作家の高村薫さん(53)が新緑の京都・鹿ケ谷の法然院に貫主の梶田真章さん(49)を訪ねた。方丈から眺める庭にこぼれ落ちる午後の日差しはいつしかかげり、雷を伴い雨粒が落ちる。それも2人が語り合ううちのひととき。気がつけば木もれ日が戻る。人の心さながらに、光はうつろい続けた。
(構成=編集委員・森本俊司)
カルト真に受けた心悲しい
梶田 今日は高村さんのお好きなブラームスでお迎えをと思ったのですが、法然院(*1)の庭に鳥の声がよく聞こえるので、自然のままでもよいかなと思いなおしました。
高村 音楽の思い出といえば、幼いころ、家族が寝静まった後、ステレオを小さな音にしてスピーカーの前に座り込み、耳をくっつけてバロック音楽やシューマン、ブラームスを聴いていたのを覚えています。周りは真っ暗。私にとって音楽は夢想を誘うものでした。
梶田 愛読者としてぜひお尋ねしたかったのですが、小説を書き始めるのは、最後のせりふや場面が完全にできあがってからですか?
高村 いえ、いえ。書いているうちに少しずつ形になってゆくだけです。人物に一歩一歩付き合ってゆくような感じです。
梶田 友人から「マークスの山」を勧められ、文庫本で読みましたら「単行本で読まなくては」と言われましてね。文庫にされる際に、ものすごく変えられるでしょう(*2)。
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高村 当時の私は当時の私、今の私は今の私。文庫は今の私が生きている時代に世に出るわけですから、今の私の目から見て「ひどいではないか」と思えばそのままは出せない。それだけの理由です。昔の自分も確かに自分ではあったのですが。
梶田 でも、今の自分とは違いますよね。
高村 往生際が悪いということでしょう。
梶田 いや、いや。そのご執筆の姿勢にまさに諸行無常をみる思いがいたします。今の私は前の私とは違う。晩年のピカソが若いころの自作を自作と認めなかった、という逸話も私は大好きです。諸法無我(*3)の姿そのものだと思います。
高村 いやあ、無我の正反対です。恐ろしいほどの我執というか。こういう世界をつくりたいという欲望があって書き始めるんですが、2、3年たつと当初持っていた欲望が自分にとって我慢ならなくなるんですね。これではないと思い始める。そうすると、ほんの数年前の自分を否定せざるをえなくなる。そんな繰り返しをやっております。実に一貫性がないですね。
縁により 善人にも悪人にも
梶田 そこが人間の面白いところやなと思うのです。
高村 フィクションを書いていますと、どんなものでも書けるじゃないかと思われますけれども、書けないものがいくつかあって、私の場合は、真の信仰をもつ人と、真の悪人です。悪人が書けないんですよ。
梶田 悪人というのは、すごく難しい言葉ですよね。
高村 小説を読んでいて、背筋が寒くなるような悪人ておりますでしょう。
梶田 よき心のかけらもないような……。
高村 小説の魅力は、ずばり悪です。魅力的な悪党が書けるかどうかで、小説の魅力も決まるのですが。
梶田 でも、悪を悪としてかちっと表現されてしまっては、つくりものに思えてしまう。法然の教えでは、人は縁によって善人にも悪人にもなる。そこを紋切り型に悪い人間にされると、違うなと思います。
高村 たとえば、地下鉄サリン事件の実行犯は、私から見れば悪人ではありません。彼らは善と信じてやったのですから。それよりも、いい加減な教義をたくさんの若者たちが信じ、人を無差別に殺すという結果を招いたことに対する悲しみがあります。どうしてこんな救いを信じたのか。彼らは信じたし、信じたかったのでしょう。だれが悪いというよりも、そんな救いの言葉を真に信じた人間の存在そのものに悲しみを覚えるとしかいいようがない。
梶田 私も悲しかったです。加害者にも同情されるのが仏様の大悲の心ですから。
高村 戦争の時代も、企業戦士の時代も、一つのことを信じて疑わず、あるいは問い直すことも許しません。そういう社会を私たちが迷わず生きてきたのも悲しいけれども、信じるものを求めて行き着いたのがカルトだというのは、それ以上に悲しい。そもそも何かを信じるというのは、近代の理性にとって劇的な一歩のはずで、それぐらいものすごいことだと思うからです。私の場合は、たまたま阪神大震災に遭ったことで、アッと思ったのですが。
*1 京都・鹿ケ谷は鎌倉時代初め、専修念仏の教えを説いた法然が弟子らと草庵(そうあん)を結んだ場所とされ、江戸時代初めに知恩院第三十八世萬無(ばんぶ)により今の伽藍(がらん)の基礎が築かれた。境内には谷崎潤一郎、河上肇らの墓もある。
*2 「マークスの山」では、全文を冒頭部分から書き直し、5カ月で書いた旧作の改稿に9カ月かけたという。文庫本化で題名を変えた単行本もある。
*3 すべてのものごとは、様々な縁が働くことで生じるのであり、実体的なものはなく、自己に対する執着が苦の原因とされる。