セラピードッグとふれあう高橋美智子さん(中央)、左が大木トオルさん。=東京都中央区、東川哲也撮影
犬の瞳にじっと見つめられる。名前を呼ぶ。なでる。そんな行為が、生きる意欲を呼び起こすことがある。ブルースシンガーで、国際セラピードッグ協会代表の大木トオルさん(58)は、訓練された犬たちと高齢者施設や小中学校を訪ねる活動を続けてきた。
■「犬に助けられた」経験生かす
東京都中央区晴海にある特別養護老人ホーム。この日、クラブ室には30人近いお年寄りが集まっていた。音楽がかかり、トレーナーと4頭の犬が入場してくる。「はい、今日もセラピードッグがやって来ました」と大木さん。こわばっていたお年寄りたちの表情が、ふっと和らいだ。
中央区が03年から行う、ふれあいケア事業だ。
雑種犬のピースとコタロウを抱いた高橋美智子さん(69)は月に2度、セラピードッグ(治療犬)と接している。「私たちと会う時とは、笑顔がぜんぜん違うんですよ」と、いとこの後藤哲夫さん(68)。「ピース」と名前を呼ぶたびに、高橋さんの顔がほころぶ。「わんちゃんが来てくれている時は、すごく明るい。24時間一緒にいてほしいくらいです」
アメリカで暮らす大木さんがセラピードッグに出会ったのは70年代。ニューヨークの高齢者施設で、赤十字のベストを着て活動する犬たちを見た。「動物介在療法」と呼ばれ、医師の協力を得て実施される治療プログラムの一つになっていた。
「表情を失ったはずのお年寄りが犬たちと接しているうちに笑顔になり、余命いくばくもないと言われたがん患者が、生きる意欲を取り戻す。そんな奇跡としか思えない成果を目の当たりにしているうちに、ああ、やっぱり犬たちはすごい。一生かけて、この子たちと何かやりたいと思ったんです」
大木さんは、子どものころ「犬に助けられた」という。
「私は小さい時、吃音(きつおん)でうまく話せなかったんです。おかあさんの『お』さえ出なかった。だから、人と話すのが恐怖だった」と振り返る。「でも、家で飼っていた2頭の雑種の犬たちは、私が首を抱きながら、話しづらそうにしていても、黙ってじっと待っていてくれた。それで声が出ると、しっぽを振って喜び、口元をなめてくれました。コミュニケーションがうまくとれなかった私に、当時、周囲の人の多くは決して温かくなかった。でも、そんな私を犬たちはわかってくれた。彼らに支えられて私は生き抜くことができたんです」
■痛みを知るから人間に愛
国際セラピードッグ協会で働くのは、ほとんどが元・捨て犬だ。大木さんは、その点にこだわっている。約20年前、米国の動物愛護団体代表に「日本では毎年大変な数の犬や猫を殺処分している」と言われ、調べると事実だった。悩んで始めたのが、捨て犬をセラピードッグにすることだった。全国の動物愛護センターを訪ね、殺処分が決まった犬たちを譲り受ける。
大木さんのもとで、96年に最初のセラピードッグとなったチロリ(06年死亡)も、廃虚で子どもたちが育てていたが野犬狩りでつかまり、殺される寸前、大木さんが救出した。高橋さんが抱いていたピースは、福岡市の平和台球場跡で拾われた。
「彼らの多くは、人間に不信感を抱いています。でも、訓練の過程で、自分たちが愛され、必要とされていることを知ると、今度は、人間に愛を注いでくれるようになる。これは捨てられた痛みを知っている彼らだからこそ、できることだと思います」
犬たちは、訓練センターで、2年をかけて45のカリキュラムをこなし、セラピードッグになる。
相手がどんな速度で歩いても合わせるウオーキング。つえなどを落としたり、大きな音がしたりしても微動だにしないマナー。セラピー活動を始める前に、じっと相手を見つめて意思疎通するアイコンタクト。それらを学んだ犬たちは、車いすのお年寄りにリードをもたれたまま、一緒に施設内を散歩できる。寝たきりのお年寄りには、ベッドで添い寝したまま1時間近く過ごすこともある。
「高齢者施設のお年寄りの多くは『もう仕事をするわけでもないから、リハビリはしたくない』と言う。でも、犬と触れ合う喜びを知ると、一緒に歩きたいから、頭をなでたいから、とがんばる。そうした意欲を引き出すのが、セラピードッグの力なんです」
施設を訪問しつつ、捨て犬を救う努力を続ける大木さん。でも、「一番救われているのは私自身かもしれない」という。
「老人介護の最後には死が待っています。でも、セラピードッグに会ったことで、たくさんのお年寄りが最後に『ありがとう』と言ってくれる。ハッピーエンドになってくれる。それって、すばらしいことじゃないですか」(宮代栄一)