名前を刻んだガラスの板(奥)の前で話がはずむ。円形の墓の地下に、一人ひとりの骨つぼが納められる=東京都府中市
シングル女性のための共同墓が、東京都府中市にある。「シングル」はずっと独身の人だけでなく、夫と別れた女性、結婚していても精神的自立を意識する人も含む。契約した女性たちは、生きているうちから墓に自分の名前を刻んでいる。どのような思いがあるのだろう。
■契約者200人、今を生きるための「記念碑」
生前から交流の場をもち、死んだら同じ墓へ。企画したのは、家族に頼らない女性の生き方を応援するNPO法人「SSS(スリーエス)ネットワーク」。98年に発足し、会員は30代から70代まで約650人。『「ひとりの老後」はこわくない』(海竜社)の著者、松原惇子さん(61)が代表を務める。
共同墓は会の活動の一つだが、会員以外も申し込むことができる。2000年に完成し、契約者は約200人。すでに10人が亡くなった。
バラが咲き誇る民間霊園「府中ふれあいパーク」で6月8日、年に1度の追悼会が開かれた。集まった約30人の中には大阪府から来た人もいる。全員が起立し、遺影に向かってワインで献杯した。
共同墓には、その性格を端的に表すことばが書かれている。
「個を生きる女性たち ここに集う」――。「生きた」という過去形ではなく、死を意味する「眠る」という表現も使わない。松原さんはこう話す。
「お墓って、ふつうは死んでからのもの。でも、死後のことなんてだれにもわからない。それより今が大事、という意味なのです。ここは『カフェ』。実際、お墓を囲むベンチもある。ここに来て、人生のはかなさ、そして生きていることのありがたさを感じましょうよ、という提案です」
墓の後ろには、契約者全員の名前とそれぞれの生年月日を刻んだガラスの板がある。物故者は亡くなった日付が加えられている。
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「せめて死ぬときは『私』として名前を残したい」と語るのは、さいたま市在住の女性(72)。夫も子どももいる。○○さんの奥さん、○○ちゃんのお母さんと呼ばれて半世紀。家族を黙々と支えてきたが、そこに喜びを見いだすことはできなかった。夫には、墓の契約をすませてから告げた。夫は「うーん」とうなった。
「お墓に行けば、私が『私』であったことを確認できる。自己満足でしょうけど、それでいいんです」。死んだら「無」としか思えず、位牌(いはい)などいらない。遺骨は捨ててほしいくらいだが、娘に「そんなことできない」と言われた。共同墓に出会い、「死んでいく覚悟」ができた。アルバム98冊と、15歳から書いてきた日記のほとんどをシュレッダーにかけた。今は、死ぬまでの日々をいかに楽しく生きるかを考えている。
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シングル女性にとって自分の遺骨の落ち着き先は「人生の店じまい」で最後に残る切実な問題だ。例えば長男が故郷の墓を継ぐと、姉妹はそこに入りにくい場合がある。
東京で1人で暮らす女性(70)は共同墓に魅力を感じ、6月の追悼会をのぞいてみた。兄からは「遠慮せずに宮城県にある実家の墓に入ればいい」と誘われているが、「それだけは絶対にいや」。3人の子どもを抱えて40代で離婚。「兄やその子孫が入る墓にぽつんと自分の名前があれば、『この人はね……』と後ろ指をさされてしまう」
神奈川県の独身女性(66)も遠方にある実家の墓など論外だ。山での散骨を考えたが、親類に理解してもらえなかった。40代から病気がち。母親が6年前に亡くなると、今度は自分の死が身近に思えた。老人ホームに入るにしても「死んだら遺骨はどうなるの」と悩み続けた。ようやく共同墓にたどりつき、「最後の居場所が見つかった」。
日本には墓や位牌をめぐる宗教文化がある。それは死者の魂を落ち着かせ、子孫の幸せを見守る存在にするためだった。ところが今、そうした発想はゆらいでいる。さらに、伝統的な供養が男性中心のイエに根ざしていることに違和感をもつ女性も増えている。
シングル女性の共同墓を、SSSネットワークは「個を生きる女性たちの碑」とも呼ぶ。死者のための墓というより、「自分らしく今を生きる」ことを宣誓する記念碑のようだ。(浜田奈美、磯村健太郎)