ダライ・ラマ法王の写真の前で、チベット問題の平和的解決を訴える大樹玄承さん=兵庫県姫路市の圓教寺
四川大地震や北京五輪でかすんでしまったような3月のチベット騒乱。この間、日本から平和的解決を訴え続けたお坊さんたちがいる。中国への遠慮で宗派を挙げて動きにくい中、個別に意見や抗議を発信した僧侶に市民の共感が広がった。6月には「宗派を超えてチベットの平和を祈念する僧侶の会」も発足した。
■個人で発言、大きな反響
会の副代表を務める天台宗書写山圓教寺(兵庫県姫路市)の執事長、大樹玄承さん(51)は、ネットでのやりとりをきっかけに4月、関西テレビの情報番組に出演。「中国の武力行動によってチベットの宗教の自由が失われることに、心から悲しみと抗議を表明せずにはいられない」と発言した。
それがインターネットの動画サイト「YOU TUBE」経由で広まり、1カ月で300件を超すメールが圓教寺に届いた。とりわけ、海外在住の日本人女性からの共感、励ましが目立つ。「人間として日本人として仏教徒として真価が問われている」(スイス)、「私ももっと勇気を出して出来ることをしようと思いました」(オランダ)。
大樹さんを突き動かしたのは、仏教の伝統様式は一度失われると回復が難しい、という実感だった。圓教寺は檀家(だんか)がなく収入も少ないため、江戸時代以降は、老いた僧だけで寺を維持してきた。廃仏毀釈(きしゃく)や農地解放の影響でさらに荒廃し、多数の年中行事は簡略化された。03年から行事の復興に努めているが、形と意味の双方を後世に伝えるのは難しい、と大樹さんはいう。
「チベット仏教も同様で、今まさに風前の灯。それをニヤニヤして見ているだけの坊さんはいらんのです」
テレビ出演時には「日中仏教会の交流はすべて北京を通さずにはできない。自由はなかった」とも踏み込んだ。その発言に「どこの誰が聞いても当たり前に正しいことなのに、口に出せない……この日本の状況はどこかおかしい」「日本の仏教界には一般大衆の支えが必要なのではないか、と痛切に感じました」などの反響があった。批判や嫌がらせはなかった。
5月には大阪市の浄土宗應典院で僧侶や市民ら80人が集い、チベット問題のシンポジウム「仏リンピック大阪大会」を開いた。05年にダライ・ラマ法王を招いたことがある真言律宗蓮華(れんげ)院誕生寺(熊本県玉名市)の貫主、川原英照さんも参加。「年配の僧たちは、日中戦争への贖罪(しょくざい)意識と仏教伝来恩義があり、具体的な行動を起こさない。若い人たちが事なかれ主義を変えてほしい」と呼びかけた。その川原さんが、会の代表に就いた。
会は「チベットの平和を祈念する」「対話による解決を支持する」「日本国政府などに対話実現の働きかけを求める」の三つを柱に署名活動に取り組んだ。これまでに僧侶600人、市民1千人分が集まった。
北京五輪の開会式があった8月8日には、大樹さんも参加して広島市で「祈りの夕べ」があり、チベットやミャンマー(ビルマ)での人権抑圧に反対の声をあげた。ダライ・ラマ法王日本代表部代表のラクパ・ツォコ氏や、市内にある日本で唯一のチベット寺院、龍蔵院デプレ・ゴマン学堂の僧侶らが参加し、市民100人がキャンドルを手に原爆ドーム前を歩いた。
大樹さんは「チベット問題について、仏教者は発言や行動を待たれている」と感じる。どの集会も、メールをくれた人たちに知らせると、すぐに「参加します」と返信が来た。NPOや人権団体から、集会で話をして欲しいという依頼も増えた。
「最初は単純な中国嫌いからフリーチベット運動に参加した人も、歴史を知り、関心が深まっている。特異な歴史を持つ国がなくなろうとしていることに、ひとごとではない危機感を抱き始めたのではないか」
「僧侶の会」は、11月のダライ・ラマ法王来日に合わせ、2回目の結集を持つ予定だ。問い合わせは蓮華院誕生寺(0968・74・0971)へ。(阿久沢悦子)