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ここから本文エリア 「生存信じてた」家族やスノボ仲間、涙 遭難7人救助2008年02月05日 吹雪がやみ、晴れ間が広がった雪山に歓声が上がった。広島県安芸太田町の国設恐羅漢(おそらかん)スキー場で起きたスノーボーダー遭難事故は5日、7人の無事が確認された。山頂に向かってから丸2日。7人は山中の廃校舎で食べ物を分け、「生きて帰ろう」と励まし合ったという。「生存を信じていた」。現地対策本部などで不安な夜を過ごしてきた家族らは、喜びの表情を浮かべた。
◇ 「7名発見。2人は自力で歩行可能」 午前9時35分、島根県益田市の国道で、地元消防団員が7人を発見し、待機していた団員の無線に、「無事」の知らせが入ると、捜索に当たっていた人々の周囲で歓声が上がり、笑顔があふれた。 悪天候で捜索が難航した前日とうってかわり、5日は天候が回復、視界も開けた。県警、地元消防団に、この日から陸上自衛隊員らが加わり、約600人態勢で範囲を広げて捜索していた。発見現場付近では、午前8時半ごろから、自衛隊第13旅団(広島県海田町)の約20人と安芸太田町消防団員2人が捜索を始めていた。 発見者の消防団指導員の栗原真さん(48)と同佐々木敏夫さん(52)は約2.5キロ進んだ付近で、7人のうち2人を発見した。 栗原さんが2人の名前を尋ねると「服部」「青木」と名乗ったという。「何か欲しいか」と聞くと「おなかがすいている」と話したため、持っていた弁当を食べさせたという。2人は「後ろに5人いる」と話したという。 ◇ 「お世話になりました。ありがとうございました」。遭難した中村信之さん(30)の母達子さん(63)は、無事の報を聞き、深々と頭を下げた。 4日に遭難の報を聞いてスキー場に駆けつけ、近くのヒュッテで待機していた。7人が山に入ってから2日間、不安は増すばかりだった。「うれしいです。一晩お祈りしたかいがありました」。ほっとした様子で話した。 捜索に加わろうとスキー場に駆けつけていたスノーボード仲間の広島市の男性(29)は「吹雪の中を歩き回るような馬鹿じゃないから生存を信じていたけど……」。不安から解放され、うれし涙がほおを伝っていた。 山口県平生町の服部繁範さん(40)の母親は、繁範さんの姉にあたる娘の家で安否を気遣っていた。「7人とも無事に見つかって天に昇るほどうれしい」と話した。 同県周南市平野2丁目の青木貴彦さん(34)の母利子さん(69)は、広島県に住む長女の貞永利栄子さん(44)からの電話で生存を知った。 「お母さん、見つかったよ、生存しているみたいだよ、ラジオで聞いた」。「ほんと?」 利子さんは「悪く考えず、絶対に大丈夫だと信じていた。無事の知らせにほっとした」と話した。 同市須々万本郷、松原靖男さん(34)の自宅には、母絹枝さん(60)のほか家族や親類、知人らが集まっていた。テレビのニュースで無事の知らせを知った絹枝さんは「本当に良かった。皆さんのおかげです。迷惑をかけて申し訳ないと思っています」と笑顔を見せた。午前11時過ぎには、靖男さん本人から携帯電話で絹枝さんに連絡が入った。 「どこもけがはしていない。心配させてすまない。これから病院に行く。自分は大丈夫」 「あんた心配かけて……。どうしているの。大丈夫なの」 元気そうな声に、絹枝さんは涙声になった。
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