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【メメント・モリ】(1) 私は生きる 歌に刻む

2009年1月13日

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短歌 生きる意味さがし求めて夜学へと いまだみえない明日への光   写真南悟から短歌の指導を受ける山中侑生=神戸市兵庫区の神戸工業高校、西畑志朗撮影

 神戸港近くの神戸市兵庫区和田岬。日が落ちると、授業が始まる兵庫県立神戸工業高校の校舎から、蛍光灯の白い明かりがもれてくる。

 昨年12月3日、午後6時10分、1時限目の授業。

 「震災の短歌をつくる授業の2回目です」。国語教師の南悟(62)がざわつく教室で黒板のみぞに短歌の色紙を並べた。震災体験を詠んだ卒業生たちの歌だった。

 おしゃべりがやんだ。

     ■

 南は30年前、初めて赴任した。授業で生徒は居眠りと私語ばかりだった。「おい」。男子生徒の作業服の襟をつかむと手に油がべっとりついた。「洗濯くらいしてこい」「お前に何がわかるんや」と怒鳴り返された。

 職員室で油のにおいが消えない手をながめた。「あの子ら働いとるんや」。職場訪問をすると、その生徒は町工場で黙々と旋盤を回していた。

 「ここは最後の学校や。寄り添え、見捨てたらあかん」。先輩教師から言われた。元暴走族、引きこもり、リストカッター。不登校になったり、他校を中退、退学したりした子たちが多い。

 働き学ぶ生徒の思いを短歌に残したかった。作文は「面倒や」と見向きもされなかった。毎年、授業で詠ませ、秋の文化祭で発表した。

 1年だけ中断した。阪神大震災の起きた95年だった。

 95年1月17日。南は兵庫県西宮市で被災。マンションは半壊したが、家族は無事だった。3日後、学校に行くと、教室や運動場に2千人以上が身を寄せていた。

 多くの生徒が建設現場などで日没まで働き、作業服姿で授業を受けた。そんな姿が頼もしく、南は秋、「今年は震災を詠もう」と呼びかけた。

 「われ、何軽いこと言うとんのや」。突然、頭にタオルを巻き地下足袋姿の生徒から教壇で襟首をつかまれた。24歳の大工坂居保だった。教室は静まり返った。「無理か、先生が悪かった」と言うしかなかった。

 1年後の文化祭の前、坂居が職員室に来た。「途中やけど」。ノートを破ったしわくちゃの19枚を机に置いた。震災で死んだ友人を捜した2日間が書かれ、短歌もあった。

 かけつける 友の住まいは 崩れおり 生き埋めの友に 我は無力

 南がその歌を授業で朗読すると、坂居が机に座ったまま話し始めた。

 がれきから友人の腕が見えた。引っ張ると肉がずり落ちた。黒焦げだった。火葬場がいっぱいで、六甲山で木を拾い、田んぼで火葬した――。

 南もクラスメートも黙って聞いた。歌は友の死に直面した無力感を乗り越えようとする坂居の心情だと思った。

 その年、ほかの生徒たちも詠んだ。土木や水道工事、物資の運送。街の復興を支えた誇りや苦労がにじんでいた。

 「震災という極限の中で体験した人の生死、汗まみれの労働を詠むことは、生きるとは何かということを圧倒的な迫力で伝える」

 南は短歌のテーマを「働き学ぶ思い」から震災に変えた。

     ■

 昨年12月3日の授業。1年生の少女山中侑生(ゆい)(16)は、黒板に並ぶ短歌をみて食べかけのパンを机に置いた。坂居の歌もあった。

 昼間はイベント歌手。中学に通ったのはわずか10日間。自殺を考えたこともある。

 食事やメークを直すのも職員室で南の隣だ。「死にたい」「生きとってほしいねん」「しょうもな」。普段は南とそんな会話を繰り返す。

 昨年10月、南が震災短歌を話題にした時だ。「2歳やったし、覚えてないかな」と尋ねると、激しい口調で「馬鹿にすな。覚えとるわ。6千人も死んだんやで」。

 あの日、両親と姫路に旅行中で神戸の自宅まで歩いて帰った。小学6年のとき神戸ルミナリエの点灯式で合唱曲「しあわせ運べるように」を歌った。安らかに眠って下さいという思いを込めた。そんな体験を一気に話した。

 1カ月後。授業前の職員室に、山中が「できたで」と走ってきた。初めて詠んだ短歌は「生きる意味」で始まっていた。南は「生きる決意やな」と背中をたたいた。

 14日、震災翌年から毎年開く震災激励集会で、山中は全校生徒の前でその歌をよむ。

 「生きる意味はまだ全然わからへん。でも学校の先輩に失礼な生き方はしたくない」敬称略(宮崎勇作)

     ◇

 「死を忘れるな」という意味のラテン語「メメント・モリ」。6434人が犠牲となった震災をめぐる体験を心に刻み、歌に詠んだ高校生と教師の話を全5回で紹介する。

     ◇

〈キーワード・神戸工業高校〉

 夜間定時制のみの兵庫県立の工業高校。1902年に創立された兵庫県立工業学校(現、同県立兵庫工業)に、1912年に併設された夜間部が前身。現在、建築、機械、電気、情報技術の4学科があり、計244人(男子218人、女子26人)が学ぶ。

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