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【枝雀と私】志村けんさん まねて得た芸 「だっふんだぁ」も

2009年3月4日

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写真志村けんさん=郭允撮影

 枝雀さんの落語と出あったのは、いろんなものを吸収しようとしていたころでした。ザ・ドリフターズでの「8時だヨ!全員集合」が85年に終わって、5人ではない形でどうやっていくのか考えていた。「枝雀、知ってる? すごくおもしろいよ」とだれかに言われたんじゃないかな。落語には違いないんだけど、まったく別物のようで理屈抜きで笑えた。すごい改革だと思いましたね。

 最初に気に入ったのは「壺算(つぼざん)」でした。あの噺(はなし)はあまりにおもしろくて、コントで同じようなことをしたこともある。酔っぱらいのキャラクターもしゃべり方は枝雀さんの模倣から入ったんです。酔うと鼻が詰まるのをすごく上手にやっているなぁ、と感じてね。模倣から始め、自分のエキスを入れていく。演目は覚えていないけど、せきをしていたのが、僕には「だっふんだぁ」と聞こえたんです。しょっちゅう聞いておもしろい響きだと思っていたんでしょうね、「バカ殿様」で突然、口から出ちゃったんです。なんだかわからないけど、すごくウケた。それから、「変なおじさん」の踊りの後に言うようになったんです。

 僕の笑いは、しゃべりよりも動きと表情です。枝雀さんは落語の世界で、あんな表情と動きをやった初めての人だったと思います。一時は日課のように毎日、楽しんでいました。生の高座も、東京・歌舞伎座など2、3度見に行きました。心躍りました。高座の上でずいぶん汗をかかれていましたが、よく似合っていて、感動しました。枝雀さん以来、生で落語を見に出かけたことは一度もないと思う。

 でも、お目にかかったことはなかった。楽屋にどうかというお話はあったけど、何を話していいかわからなくなりそうだったから。枝雀さんも普段は人見知りだったそうですが、僕も照れ屋で初対面は苦手なんです。コントでもメークしたり、かつらをかぶったりしながら、その役になりきっていきます。素ではありませんよ。それで人を笑わせる空間に立てば、ものすごく幸せな気持ちになる。笑いで人にパワーを与え、僕もパワーをもらう。愛ですね、これは。きっと、枝雀さんも同じだったんじゃないのかな。

 最近のテレビの笑いは、刹那(せつな)的なものが増えた気がする。もう一度見たいとは思えない。それで今も、自宅でたまに枝雀さんの映像を見ているんです。あったかさを感じます。やはり、繰り返しがきくのが芸ですね。僕もいけるところまでお笑い、コントをやり続けていくつもりです。もちろん、あの「だっふんだぁ」も。時々、枝雀さんの落語でほっとさせてもらいながらね。

   ◇

しむら・けん 1950年、東京都生まれ。74年にザ・ドリフターズの正式メンバーとなる。東村山音頭や加藤茶とのひげダンスなどで大人気に。「バカ殿」などのキャラでもおなじみ。

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 上方落語界きっての爆笑王だった桂枝雀が亡くなり、4月で10年がたつ。異分野で活躍し、忘れられぬ思い出を宿す人たちに会った。7回にわたって紹介します。(この連載は篠塚健一が担当します)

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