広島平和記念公園を歩くフェルナンダさん(左)ら「パウロ・フレイレ地域学校」の生徒たち。手にする千羽鶴は自分たちで作った=広島市中区、伊藤恵里奈撮影
9月末。愛知県豊田市のNPO法人が運営するブラジル人学校「パウロ・フレイレ地域学校」が、広島平和記念資料館を訪れた。
「ここは楽しい場所ではなく悲しい場所。展示はすべてきちんと見なさい」。引率したロンガット校長がそう語りかけると、参加した8人は表情を引き締め、耳に付けた音声ガイドに聴き入った。
よくある修学旅行の風景。でも違うのは、生徒が自分で旅費を集めたということだ。
今年1月、歴史の授業で、先生が原爆投下に触れると、生徒たちから一斉に声が上がった。「広島に行きたい」
ただ、問題はお金だった。
地域学校は、全国約500人の支援者から寄付を受け、通常のブラジル人学校の半額ほどの月3万円の授業料で運営してきた。しかし、2年前の世界同時不況で、50人以上いた子供は半分以下に。今も大半の親が非正規雇用で、「親に負担をかけたくない」という思いが強かった。
思いついたのが、家庭科で作る手提げ袋を全国の支援者に買ってもらうことだった。白い布袋に、ビーズや色布で作った動物や草木などを縫いつけた。60個を作り、一人あたり1万5千円の旅費のうち、3分の1をまかなった。
宿泊は安いユースホステル。新幹線を使わず、スタッフや学校の車で片道8時間半かけた。それでも生徒の一人、フェルナンダさん(14)は「みんなで作って、来れて、うれしい。親にお金使わせるの、嫌だったし」。
3歳で来日し、中1まで日本の公立学校に通った。今、車の部品工場で働く母と2人暮らし。母は自分で旅費を集めていたことに驚いたという。
「原爆は知ってたけど、やけどがこんなにひどいなんて」とフェルナンダさん。高熱で米が真っ黒に焦げた弁当箱や、ボロボロになった洋服に目を丸くし、カメラで撮影した。ここで見聞きしたことは、母や仲間に伝えるつもりだ。(山田理恵)=おわり