|
ここから本文エリア 現在位置:asahi.com>関西>Do! オフショット> 記事 脱マイナー 突き動かせ 太田雄貴(フェンシング)2007年11月15日 「一人暮らしは生まれて初めて。海外遠征が多いから、東京も遠征の延長のような気にもなりますけど……」
今年2月、生まれ育った大津市の実家から東京都に引っ越した。日本フェンシング協会の強化指定選手として、国立スポーツ科学センター(JISS)近くにマンションを借りてもらい、トレーニングに明け暮れる日々だ。 以前は母校の京都・平安高で高校生と練習していた。「コーチがいて、ナショナルチームの仲間と毎日、練習できる環境は刺激が違う」 食事は、JISSの食堂で取れるから栄養面のバランスは申し分ない。「でも、うどんはだめ。やっぱり、関西のかつおでだしをとった薄口しょうゆのつゆが恋しくなる」 17歳の史上最年少で全日本王者になり、04年アテネ五輪に出場、06年ドーハ・アジア大会は金メダル。今年はワールドカップ(W杯)で2位に3回入るなど、世界の頂点との距離を確実に詰めている。 ただ最近、アスリートとして、競技に専念するだけでは物足りない思いが頭を巡る。今秋、全日本学生選手権に合わせて仲間とTシャツをつくった。合言葉は「LOVE―FEN」。フェンシングを愛する仲間の略だ。もともとは関西の大学だけの活動だったが、今年はナショナルチームのメンバーも巻き込み、約170枚つくって関係者に配った。Tシャツの制作費は自ら企業に掛け合い、スポンサーになってもらった。 「競技者数が多い陸上でも、東京の路上でレースを行うパフォーマンスなどをしている。フェンシングは元々マイナーなんだから、積極的にアクションを起こさなきゃ」。マイナー競技から脱却する特効薬は、自分が北京五輪の大舞台で活躍すること。「もちろん金メダルを狙う。狙いにいかないと、メダルなんて絶対取れない」 少年時代から好きな言葉は「有言実行」。ノルマを公言し、乗り越えることに喜びを見いだす。その哲学は、フェンシングでの積極果敢な戦い方とも合致する。 おおた・ゆうき 85年11月生まれ、大津市出身。同大4年。種目はフルーレ。右利き。小学3年のとき、父・義昭さんの勧めでフェンシングを始めた。京都・平安高時代には高校総体3連覇。04年アテネ五輪は日本人最高の9位、今年はアジア選手権優勝。170センチ、65キロ。 PR情報この記事の関連情報オフショット
|
ここから広告です 広告終わり お知らせ関西の企画特集関西の特集
朝日新聞社から |