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土俗的で生命力あふれる短歌、歌人の前登志夫さん死去

2008年04月06日

 土俗的な生命力にあふれた前衛的な短歌で知られる歌人の前登志夫(まえ・としお、本名前登志晃〈まえ・としあき〉)さんが、5日午後2時30分、肝硬変のため奈良県下市町広橋1971の自宅で死去した。82歳だった。葬儀は家族で行い、後日、前さん主宰の短歌結社「山繭の会」がお別れ会を開く予定。喪主は長男浩輔(ひろすけ)さん。

写真前登志夫さん

 前川佐美雄に師事し、詩作から転向。山ふかい奈良・吉野の集落に生まれ育ち、父祖伝来の林業に就く傍ら、豊饒(ほうじょう)と神秘に包まれた山と交歓するかのような短歌を詠み続けた。67年に山繭の会を結成し、80年に歌誌「ヤママユ」を創刊。78年から、体調を崩して08年2月に休講するまで、大阪の朝日カルチャーセンターの短歌講座を受け持った。世捨て人を自称し、喧噪(けんそう)に満ちた都市の生活への鋭い批判を込めたエッセーも数多く発表。06年から朝日新聞大阪本社版で「菴(いおり)のけぶり」を連載、08年2月の掲載が最後になった。

 78年「縄文紀」で迢空(ちょうくう)賞、93年「鳥獸蟲魚(ちょうじゅうちゅうぎょ)」で斎藤茂吉短歌文学賞、03年「流轉」で現代短歌大賞、05年「鳥總立(とぶさだて)」で日本芸術院賞文芸部門受賞など。同年に日本芸術院会員。

      ◇

 〈歌人で朝日歌壇選者の永田和宏さんの話〉 前さんの歌の一つに、〈山櫻(やまざくら)そのひとつだに伐(き)らざりきいさぎよく山の家棄(す)てざりき〉がある。多くの歌人が東京へ移り住む中で、前さんは故郷の奈良・吉野を捨てず、山住みの暮らしや現代の文明、社会を詠み続けた。いま言っておくべきことはどうしても言っておくという強い気迫を感じる短歌だった。塚本邦雄さんらに続き、関西にとって、全国にとって大きな存在の歌人を失ったことは大変残念だ。桜が最も美しいころに亡くなったのは、まさに西行のようで、いかにも前さんらしい。

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