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甲子園延長25回の証人、嘉藤栄吉さんが死去

2008年6月28日

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 嘉藤 栄吉さん(かとう・えいきち=元明石中二塁手)が28日、前立腺がんで死去、90歳。通夜は29日午後6時、葬儀は30日午前10時45分から神戸市西区森友1の152の1の和坂大和会館で。喪主は長男弘之さん。自宅は兵庫県明石市貴崎1の9の8。

 1933年夏の全国中等学校野球大会(現全国高校野球選手権大会)準決勝で、中京商(現中京大中京高)と大会史上最長の延長25回の熱戦を演じ、0―1で敗れた明石中(現明石高)の二塁手。卒業後、旧満州(中国東北部)の実業団チームで活躍し、戦後は内外ゴム(明石市)で準硬式球の開発に取り組んだ。当時の甲子園出場メンバーで最後の生存者だった。

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