外気温37℃、路面温度50℃の暑さの中の戦いは終わった... ペースカーの登場回数の多い難しいレースを制したのは、マクラーレン、そしてハミルトンであった。最大のライバルと思われていたフェラーリ勢の不調もあり、2008年最初の表彰台にはBMWのハイドフェルド、そしてウイリアムズのロズベルグが自身初の表彰台に登った。顔ぶれも新鮮だったが、何よりもニコ(ロズベルグ)のその嬉しそうな喜びようは、僕らが長い間表彰台を見慣れていて、忘れかけていた感動を、改めて良いものだと思い出させてくれた。
レースは終わったが、ここからが僕らのもう一つの勝負でもある。それぞれが1分、1秒を惜しみ撮りたての写真からセレクトし、画像を開き補正を加え、サーバーにアップロードする。「お〜い、○○の写真ないか?」「あのクラッシュシーン撮った奴はいないか?」「なんだ!この写真は?」時として怒号が飛び交い、フォトグラファーズ・ルームは殺伐とした雰囲気になることも。
そしてここまで急ぎの仕事が終わりようやく一段落、僕の場合はここから、このブログを書き始めることになる。通常のレース日の作業時間はレース終了後から6時間程度、今日のように現地時間15時30分のスタートの場合は、どんなに頑張っても11時頃になる。
ということは環境によっては晩ご飯は抜きという可能性もあり、このままオーストラリアからマレーシアに移動する僕は問題ないが、明日の朝のフライトで日本に帰るメンバーは、朝の5時にはホテルを出なければならない...
レース終了後からまさに寝るヒマもなく、仕事を終え、脱兎のごとくオーストラリアを後にするフォトグラファー達、
端から見ると楽しそうに思われるグランプリ・フォトグラファー、その生活ぶりは現実にはタフでハードなものだ。
一年間で家族よりも多くの食事を共にするフォトグラファー仲間たち、こんな暮らし相当変だと思うのだけど...(笑)


1957年東京浅草生まれ。1987年、ブラジルグランプリでF1を初撮影。マシンの持つ美しさ、人間模様にひかれ、1988年より、F1グランプリなどモータースポーツをメインテーマとして活動を続ける。
2004年、記事主体の既存F1誌に満足できず、
最高の写真を見せたいと、グラフィック誌F1SCENEを創刊。編集拠点をF1の本拠地ヨーロッパに移し、ヨーロッパの文化と日本の感性の融合を合い言葉に「Team ZERO」を率いて「出版の壁」に挑む。〔詳細〕