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F1 FRANCE GP (Friday)

2008年6月21日

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 マニクールでのフランスGP、シーズン中はパリに拠点を構えている僕には、ある意味で第二の地元グランプリのようでもある。パリからおよそ260キロ、車で2時間半、ロワール川沿いにあるヌヴェールにほど近く、車であれば僅か数分で通過してしまう、そんな小さな町がフランスGPの舞台、マニクールなのである。

 今年の開催が最後との噂もあるが、実は昨年も昨年で終わりと言われていた。そしてフランスの政権交代によって開催地が変更になるなど、このフランスGPほど政治の影が多大な影響を与えているグランプリはない。1991年からはこのマニクールで開催されているが、それもどうやら本当に今年で終わり、そして2010年からパリ郊外の、ディズニーランドで開催されると、もっともらしい噂も飛び交っている。

 しかし僕の記憶の中のフランスGPといえば、やはりポールリカール。そして何故かあのアイルトン・セナが勝てなかったグランプリとして、今も印象深く記憶に残っている。個人的にはロケーションも含めポールリカールの方が好きなのだが、このマニクールも初開催からずっと通っているので、そのグランプリが無くなるとなれば、それはそれで一抹の寂しさがある。

 初開催当時、ほとんどの宿泊施設もチームに押さえられ、手を尽くしたがホテルを見つけることができず、最終的にル・マン24時間レースでドライバーが使う、休憩用の巨大なトレーラーを近隣のホテルの庭に置かせてもらい、そこに寝泊まりをしたのだった。

 その翌年からは民家を一軒借り切って、みんなで部屋をシェアし、日々自炊生活。それぞれが得意な料理を披露し、楽しくも愉快な、まるで学生時代の合宿のようなノリのグランプリ取材だった。今のようにデジタルカメラやインターネットも普及しておらず、時間的な制約もなかったからこそ可能であったことだが、どれも今となっては良き思い出である。

 テクノロジーの進化が必ずしも人の幸福になり得るとは限らない…2008年のマニクールのコースサイドで一人納得していた僕であった。


プロフィール

宮田 正和 Masakazu MIYATA

 1957年東京浅草生まれ。1987年、ブラジルグランプリでF1を初撮影。マシンの持つ美しさ、人間模様にひかれ、1988年より、F1グランプリなどモータースポーツをメインテーマとして活動を続ける。

 2004年、記事主体の既存F1誌に満足できず、 最高の写真を見せたいと、グラフィック誌F1SCENEを創刊。編集拠点をF1の本拠地ヨーロッパに移し、ヨーロッパの文化と日本の感性の融合を合い言葉に「Team ZERO」を率いて「出版の壁」に挑む。〔詳細〕

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