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ここから本文エリア 甲子園、味もリニューアル 父から受け継ぐホットドッグ2008年03月12日 第1期改修工事を終え、22日から第80回記念選抜高校野球大会が開幕する阪神甲子園球場に、新たな「顔」が加わる。旧日本軍の捕虜だったドイツ人が甲子園で最初に売ったとされるホットドッグが、技術を受け継いだ息子によって「復活」する。阪神タイガースが優勝した85年、ファンの手で大阪・道頓堀川に投げ込まれたことで知られるカーネル・サンダース像も登場。戦争や観客の熱狂など、83年の歴史を刻む球場ゆかりの味が話題になりそうだ。
●70年ぶり再登板 同球場などによると、1934(昭和9)年11月、日米野球でベーブ・ルースが甲子園を訪れた際、ドイツ人の故ヘルマン・ウォルシュケさんが観客相手にホットドッグを売ったのが最初という。ヘルマンさんは第1次大戦時、ドイツ海軍のコックだった中国・青島で日本軍の捕虜となった。広島などで捕虜生活を送った後、横浜に移住したが、関東大震災で経営する工場がつぶれ、当時は神戸に住んでいた。 当時、ソーセージはまだ珍しく、中身を捨ててパンだけ食べる日本人客も多かった。ヘルマンさんは「こんなおいしいものをなぜ、食べないのか」と残念がっていたという。 ベーブ・ルースの試合から3年後、日本は日中戦争に突入。間もなく甲子園で人気を誇った「中等野球大会」や、草創期のプロ野球も中止に追い込まれた。ヘルマンさんも一家で長野に疎開。戦後は原料不足に悩まされながら東京・狛江の工場などでソーセージやハムを作り、味を広めた。 甲子園に再登板する「ヘルマンドッグ」のソーセージを作るのは、次男のヘルマン・ウォルシュケさん(78)=東京都渋谷区。神戸などで苦労する父を見て育ち、20歳で弟子入りした。 「新鮮な食材を生かす」が父の教え。69歳で亡くなった父が興した工場を57年に受け継ぎ、87年からは日本ハムの子会社で技術顧問を務める。 機械化が進むなか、今も手作業にこだわる。静岡に単身赴任し、肉などを劣化させないよう室温0度に保った工場で、微妙な風味や硬さを感じるため、ひき肉を手で混ぜ合わせる。「父はソーセージを食べてもらえず、悔しい思いをした。食文化も変わり、平和な時代を迎えた甲子園で存分に味わってほしい」 ●「今度は仲良くね」 阪神が日本一になった85年、興奮したファンが大阪・ミナミのケンタッキー・フライド・チキン道頓堀店(閉店)に押し寄せ、店頭にあった創業者カーネル・サンダースの立像(高さ176センチ、重さ26キロ)を道頓堀川に投げ込む騒ぎがあった。その後の阪神低迷は「カーネル・サンダースの呪い」とも揶揄(やゆ)され、ケンタッキー社が「カーネル・サンダースにあやまる会」を催すファンに像を貸し出したこともある。 今回、甲子園に直営店を出すことになった同社は、全国で球場など約20のスポーツ施設に出店しているが、立像を屋内に置くのは初めて。「万が一」に備えて避難させられるよう、床から取り外せる構造にしているという。広報担当者は「今度は仲良く、優しくして下さい」。 改修を終えた内野席には、「ヘルマンドッグ」などを出すレストラン「ファイア」やケンタッキーなど、店内で飲食できる4店舗が新しくオープンする。売店は計38店舗。甲子園で初めて中華料理とパスタ料理を出す店が二つずつ登場し、名物「甲子園カレー」を提供する5店舗も健在だ。新旧の味も熱戦を繰り広げることになる。 |