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甘い生活 五輪へ充実 北畠紗代子(アーチェリー)

2008年05月15日

 1年半ほど前から、ほぼ毎朝、食べるものがある。ブルーベリーだ。「目にいいと言われるので」。五輪のアーチェリーは、的は70メートル先にあり、最高得点部分は直径12.2センチしかない。目は命である。

写真アーチェリーを始めた理由は「一目ぼれ」。ご主人にひかれたのは「ピンときたから」。感覚を大切にしている?
写真冷静なプレーが持ち味だ

 北京で3大会連続の五輪。ただ、過去2回と違うところがある。姓が川内から北畠に変わった。05年、兵庫・甲南女中・高のアーチェリー部顧問、健次さん(36)と結婚した。主婦になって「生活にメリハリがついた」と言う。以前は食事を抜くこともあったが、今は朝6時に起きて食事をつくり、栄養のバランスも考えるようになった。規則正しい生活を送るようになり、「試合でも気持ちをうまく切り替えるようになった」。

 結婚当初は主婦と競技の両立に悩んだ。夫は「ご飯は外に食べに行けばいい」「洗濯もたまってからすればいい」と言ってくれた。でも、素直にそうはなれなかった。「両立しなければ結婚した意味がないと、意固地になっていた」。疲れて、夫に冷たい言葉を浴びせることもあった。

 考え方を変えさせてくれたのはミキハウスの先輩のアドバイスだった。「甘えたい時は甘えればいい。それがご主人にとってもうれしいことだと思うよ」。今、疲れた時は素直に夫に甘える。近くの駅まで迎えに来てもらうし、外食にも行く。主婦としての気負いがなくなり、競技も充実している。

 3度目の五輪まであと3カ月。「100%の力が出せれば、結果はついてくる」と思う。近大4年の00年シドニー五輪は夢見心地の中で個人5位だった。「また、あの楽しい舞台に立ちたい」と4年後を目指し、社会人としてのぞんだアテネは個人2回戦敗退。前年の世界選手権団体で銀メダルを獲得し「メダルを狙います」としか言えなかった。それが重圧となった。「自分自身に負けた。このままじゃ終われなかった」

 そして、主婦となって北京へ向かう。「メダルとれるやろ」。夫の気軽な言葉が、気持ちを楽にしてくれる。(小田邦彦)

 きたばたけ・さよこ 福岡県北九州市出身。近大を経て、ミキハウス所属。福岡・折尾高でアーチェリーを始める。00年シドニー五輪個人5位、04年アテネ五輪個人2回戦敗退、団体1回戦敗退、06年ドーハ・アジア大会個人2回戦敗退。163センチ、57キロ。29歳。

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