笑顔で金メダルを掲げる石井慧=岩崎央撮影
不振続きの男子柔道で最後に意地を見せたのは21歳の新鋭だった。
柔道最終日の15日、100キロ超級で石井慧が金メダルに輝いた。「強くなりたい」の一心で大阪から東京に出た不器用な少年が、父との「親子鷹(だか)」で子どもの頃からの夢を果たした。
試合が決まった瞬間、石井は畳の上で「わーっ」と雄たけびをあげ、小さく「やった」とつぶやいた。顔をくちゃくちゃにして、観客席に向かって拳を高々とあげた。
9歳のころに大阪府茨木市の自宅近くの道場に通い始めた。走るのは遅く、球技は大の苦手。友達とサッカーをしても「どんくさいから、お前は入れてやらん」と言われるほどだった。教員の父、義彦さん(50)が指導する大阪城内の道場に、移ったころから楽しくなった。
「僕は柔道をやりたい」
そのときから父と2人での柔道生活が始まった。
中高一貫で強豪校としてしられる清風に進学。朝6時台の電車で通う息子のため、義彦さんが朝と昼の弁当をつくった。足りないだろうと、弁当箱の間に千円札を挟み込んだ。高校の練習が終わると、大学や実業団の道場に車で連れていった。食事中も2人で柔道の話ばかりしていた。
「正月は人が勝手につくったもんや。お前には関係ない」「人が休んでるときにやらんと強くならへん」
父の言葉を信じ、1日も練習を休まなかった。清風の同学年の部員6人の中で全く目立たなかった石井が、関西で敵なしに成長した。
「私にはとてもまねできない。2人の間には私も入れなかった」と母美智子さん(48)はいう。
「日本一の環境を与えてやりたい」と義彦さんが清風の指導者に頼み込み、東京の強豪・国士舘高へ編入した。「大阪なら安泰なのに、何で危ない橋を渡るのか」と美智子さんは反対したが、義彦さんは大喜び。「練習の時間がもったいないから帰ってくるな」と送り出した。