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車いす、走り続ける赤星の輪 募金協力500店超す(1/2ページ)

2010年5月25日

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写真阪神甲子園球場で最後の車いす贈呈チャリティーに臨んだ時の赤星さん=09年12月、兵庫県西宮市、矢木隆晴撮影

写真「くら寿司」ではレジ横に募金箱を置き、協力を呼びかけている=大阪市北区

 惜しまれながら昨季、阪神タイガースのユニホームを脱いだ赤星憲広さん(34)が、引退後も続ける車いすを贈る運動に、支援の輪が広がっている。募金箱を置いてくれた協力店は飲食店など全国500店以上。「車いすを贈ることで僕が勇気をもらっていた。この喜びをもっと多くの人と分かちあいたい」と話している。

 不動の1番打者、俊足でならした赤星さんは去年12月、首痛の悪化のため現役を引退した。プロ入りの2001年から5年連続の盗塁王。03年から盗塁数に応じて車いすを施設などに寄付してきた。通算301台にのぼる。

 足の不自由な人たちから「走る姿に励まされる」と応援をもらったのがきっかけだったが、もうひとつの理由を3月に出した著書「決断」(集英社)の中で明かした。プロ1年目に出会ったある20代の女性ファンの存在だ。

 交流を続けるうちに骨肉腫になり、左足を切断。優勝争いをした03年のシーズン中には車いすで宿舎を訪れ、笑顔で励ましてくれた。その後、帰らぬ人となった。「勇気を与えたいと思ったのに、勇気をもらっていたのは僕の方。この人たちのためにがんばらなきゃと」

 車いすの贈り先からは「取り合いになるほど人気」と書かれた写真入りの手紙や、「病気でも前向きになれる」とのメッセージが届いた。盗塁を決めるたび「よし、これで1台!」と思っていたと振り返る。

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