「イタリア人だけどサッカーは全然ダメ。日本人騎手にも『ミルコ、下手すぎ』って怒られちゃう」=荒元忠彦撮影
ジャパンカップでスクリーンヒーローに騎乗して優勝し、雄たけびをあげるデムーロ=11月30日、日刊スポーツ提供
「日本は第2のマイホームだよ」。イタリアのトップ騎手が柔和な笑顔で言う。99年に日本を代表する牧場、社台ファームの吉田照哉代表に誘われて初来日した。それからほぼ毎年、1年のうち3カ月を日本で過ごす。
18歳だった97年から4年連続で、母国で最多勝利騎手に輝いた。日本でもその実力を発揮し、03年に皐月賞と日本ダービーを制覇。今年11月には国際GIのジャパンカップ(JC)を制した。
レースがある週末はもちろん、平日も明け方から午前10時ごろまで滋賀・栗東トレーニングセンターで馬の調教をする。仕事の後は騎手仲間とゴルフやサッカーに興じてきたが、07年1月を境に生活が変わった。長女ルクレッツィアちゃんが生まれたのだ。
今回は11月に来日。最近歩きはじめた娘には、もう遊び友達ができた。「子供たちは何語で話しているんだろうね。僕だって、まだ日本語はあまり話せないのに」と目を細める。来日のたび「落ち着いた独特の雰囲気が好き」で訪れていた京都や奈良には行きにくくなったが、「娘がもう少し大きくなったら必ず連れて行くつもりだよ」。
そんな子煩悩なパパも、競馬の話になると表情が引き締まる。例えば21年ぶりに新人最多勝記録を塗り替えた三浦皇成騎手について「世界を代表するランフランコ・デットーリや武豊と同じくらいの才能。ジェラシーさえ感じるね」。馬との一体感や、ムチを持ち替える技術――。自身の新人時代とは比べものにならないレベルの新人を認めつつ、「でも上手なだけではチャンピオンになれない。高いレベルを維持しないといけない。それが難しいんだ」と、プライドをのぞかせる。
来日のたび、日本競馬のレベルが高くなっているのを感じる。確かな技術があっても簡単には勝てない。「だからこそベストを尽くそうと思えるんだ」。28日の有馬記念後に帰国する。スクリーンヒーローとのコンビで獲得したJCのタイトルに続き、凱旋(がいせん)の手みやげを狙う。(松沢憲司)
ミルコ・デムーロ 79年1月、イタリア出身。29歳。騎手だった父親の影響で94年に母国で騎手免許を取得した。03年に外国人騎手として初めて日本ダービーを制すなど、JRA通算200勝を挙げている(25日現在)。158センチ、52キロ。