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6メートル超えの夢 闘志の香り 沢野大地(棒高跳び)

2009年1月8日

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写真モデル並みの細身に見えるが、鍛えられた肉体は「洋服は日本ではサイズが合わなくて」。この冬はさらに3キロ増やすのが目標だという=石野明子撮影写真日本の第1人者として国際舞台で活躍する沢野

 「大阪に来るとホッとするんですよね」

 千葉・成田高から日大をへて、28歳になった現在も練習の拠点は東京・世田谷にある母校の大学。言葉遣いからも、関西のにおいは感じさせない。だが、実は8歳で父の転勤で千葉に移るまで、大阪で生まれ育った。幼い時、梅田のビルのショーケースに置いてあった、ネズミの人形が乗ったジェットコースターの模型が大好きだった。通るたび、いつも見ていたのを覚えている。

 「つっこみを入れるときとか、大阪弁になったりしますよ、今でも。大阪人の血が流れてます」と笑う。

 練習、そして試合に追われる日々の中、ホッとする瞬間は「掃除、洗濯をして、お香をたいて好きな音楽を聴いているとき。エスプレッソを入れるときの、機械がたてる音もいい」。お香はラベンダー系かグリーンティー系がお気に入り。普段はレゲエやヒップホップのようなテンポのいい曲が好きだが、この時ばかりはジャズやボサノバを流す。「何も考えない」時間が、心と体をリフレッシュさせる。

 かつては日本のお家芸だった棒高跳びの第一人者として、かつ、自身の集大成として臨んだ昨夏の北京五輪。アテネ五輪と同じ5メートル55を跳んだが、2大会連続の決勝進出はかなわなかった。

 「さらにやらなきゃいけないものが見えた。オリンピックは難しい試合。だからこそ、やりがいがあるし、価値がある」。視線はすでにロンドン五輪を見据えている。

 このシーズンオフは、各地で、子供たちに棒高跳びを体験してもらった。「棒を使って自分の身長の倍以上の高さを跳ぶ。普通ではありえないし、絶対楽しいよって」

 それは自身の原点でもある。5メートルを超すバーをクリアした後、「征服した高さを味わいながら、落ちるんです。気持ちいいですよ」。至福の時だ。

 人生の最大の目標は6メートルを跳ぶこと。その高さを征する時を夢見て、跳び続ける。(川崎治子)

さわの・だいち 80年、大阪府生まれ。ニシ・スポーツ所属。中学1年で棒高跳びを始め、99年、日本選手権初制覇。04年アテネ五輪で日本選手として20年ぶりに決勝進出し13位。05年世界選手権8位。昨夏の北京五輪は予選敗退。5メートル83の日本記録保持者。182センチ、72キロ。

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