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ライオンケミカル(和歌山) 蚊退治 「火」は消さぬ

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写真復刻した除虫菊の蚊取り線香を持つ田中源悟社長(左)と小高清孝顧問。右後方の機械が「1号機」=和歌山県有田市

 夏の風物詩、蚊取り線香。その発祥の地とされる和歌山県有田市で蚊取り線香を作り続けている「ライオンケミカル」は、別会社に買収されたり、外資系に株を売られたりしながらも生き延びてきた。時代とともに経営者も社名もかわってきたその工場には、70年近くも変わらない1台の機械がある。

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 日本有数のミカンの産地でもある有田市。周囲にミカン畑が広がるライオンケミカル本社工場の中に、「1号機」はあった。ペースト状の「生地」が薄く引き伸ばされ、バタンッとプレスされると、2本の渦巻きが一つになった円盤状の蚊取り線香が7個、姿を現した。1号機は、渦巻き式蚊取り線香の世界初の自動製造機。部品を交換しながら今も稼働し続けている。

 元々蚊取り線香は、除虫菊の花を乾燥させて粉末にしたものから作られていた。後に「金鳥」ブランドの大日本除虫菊を創業する有田市のミカン農家が、1886(明治19)年に米国から種を取り寄せたのが、日本での除虫菊栽培の始まりとされる。同じ頃に有田市で創業したライオンケミカルの前身会社も、蚊取り線香製造に参入していく。

 戦時中に開発した1号機には、線香のペーストを渦巻き状に加工する工程を自動化する特許技術が盛り込まれていた。戦後、除虫菊に代わる化学物質の殺虫成分が開発され、蚊取り線香は大量生産の時代を迎える。同社も特許を生かした生産ラインを次々と増設し、製品は最大で約40カ国に輸出された。

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 転機は1961年に訪れた。当時の経営陣が特許を公開してしまったのだ。「業界の発展のために、との考えだったけど、今思うと人が良すぎた」。この頃まだ駆け出しの社員だった前社長の小高清孝顧問(72)は言う。

 虎の子の技術は海外にも流出。輸出がほぼ無くなったうえに社長人事をめぐる「お家騒動」も重なって売り上げは半減、ついに銀行から融資の打ち切りを通告されるところまで追い込まれたという。

 その危機を救ったのは、73年の「ライオン歯磨(現ライオン)」との業務提携だった。営業部門を廃止して生産の下請けに専念。だが、業績はそれでも上向かず、91年には外資系の「ジョンソン」に株が売られた。そのジョンソンにも99年に「不採算」と見切られた。

 直前に社長になっていた小高さんは「もうあかんかと思った」。救いの手を差し伸べてくれたのが、今の親会社の「三和」だ。地元有田市にあって原材料の取引関係があったほか、何よりも社長が小高さんと幼なじみだった。

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 まず、小高さんは長年の営業経験をもとに自ら駆け回って、失っていた販路の再開拓に取り組んだ。下請けの間に蓄積したノウハウも生かし、消臭剤や洗浄剤など約30種類の独自商品を開発。少数精鋭の営業態勢で販売コストを抑制し、業績は盛り返していった。今では蚊取り線香以外の商品が売り上げの4分の3を占める。

 「あきらめんことですな。親会社が変わっても、ものづくりさえきちっとしていればなんとかなる」と小高さんは振り返る。

 そんな中、一昨年秋に就任した三和出身の田中源悟社長(43)が提案したのは、除虫菊を使った昔ながらの蚊取り線香の復活だった。

 「日本から世界に広まった蚊取り線香。その一翼を担ったメーカーとしては、たとえコストは割高でも、本来の姿を伝えなければと思った」

 かつてのトレードマークのライオンを描いたレトロな箱のデザインを復刻。着色料を使わず、天然原料で作った薄茶色の蚊取り線香は、化学物質に過敏な人や香りを好む人に受け、販売数は年々倍増しているという。製造にはもちろん、1号機も活躍している。(増田啓佑)

 ライオンケミカル(和歌山県有田市辻堂) 資本金2億円。従業員約140人。売り上げの約4分の1を占める蚊取り線香類のほか、防虫剤や消臭剤、食器用洗剤など日用品を幅広く製造販売。OEM(相手先ブランドによる生産)が主体で、海外小売店からの受注商品も製造している。

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■これまでの歩み

1885 創業者の上山彦松氏が山彦製粉工場を設立

1918 山彦除虫菊創立

1919 大正除虫菊創立

1939 山彦除虫菊と大正除虫菊が合併し、大同除虫菊を創立

1943 日本初の蚊取り線香自動製造機を発明

1962 社名を「ライオンかとり」に改称。大阪証券取引所2部上場

1973 「ライオン歯磨」と業務提携

1991 株式譲渡により「ジョンソン」の子会社となる

1995 「ジョンソンケミカル」に社名変更

1999 ジョンソンが「三和」に株式売却

2001 社名を「ライオンケミカル」に変更

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