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ここから本文エリア 現在位置:asahi.com>関西>関西の住まい>ぷらっと沿線紀行> 記事 輝く水面 濁流の記憶 JR越美北線ぷらっと沿線紀行(17) 岐阜県境までわずか6キロ。単線のJR越美北線(えつみほくせん)の終着駅・九頭竜(くずりゅう)湖駅は、ログハウス風のしゃれた駅舎だった。福井県大野市、「道の駅・九頭竜」の施設の一つとして運営されている。
「川には魚、山には猿も昆虫もいます。河原には二枚貝やアンモナイト、葉っぱの化石がゴロゴロ。自分で楽しみを探して下さい」。販売施設を担当する下出良典さん(45)は話す。 14年前に90歳でなくなった下出さんの祖父為吉さんは、木地師だった。本業の傍ら、九頭竜川の河原に流れ着く流木をやすりで磨き、鶴や虎などに仕上げた。2年前に大野市に編入された旧和泉村の無形文化財にもなったが、「遊びごころでやっているんだから」と絶対に作品を売らなかったという。大小約60点の作品は駅前の自宅兼「自然木の家」で見ることができる。 福井行きの1両のワンマン気動車に乗りこむ。5分ほどで日本百名山に選ばれた荒島岳の山腹を貫く荒島トンネルに。約5.2キロ続く暗闇が「大野富士」と呼ばれる山すその広さを感じさせる。トンネルを抜け、鉄橋の上から九頭竜峡を眺めると、エメラルドグリーンに輝く水面が暗さに慣れた目にまばゆい。 やがて一面に水田が広がる大野盆地へ。越前大野駅で2両に増結され、いくつもの鉄橋で足羽川の流れを越えてゆく。 3年前、この美しい田園風景と鉄路を、濁流がのみこんだ。 ■鉄路がある。まちがある。 04年7月18日。足羽川流域は未明から1時間約70〜90ミリの集中豪雨に見舞われた。堤防が1カ所で決壊、19カ所で濁流が堤防を越えた。 越美北線は一乗谷―美山間にある七つの鉄橋のうち五つが崩壊し、約20カ所の路盤が流失。あちこちで線路が河原に垂れ下がった。 総雨量としては記録的といえるほどではなく、JR関係者も驚く被害の大きさだった。鉄道システム工学が専門の永瀬和彦・金沢工大教授は「山林に放置された間伐材などが流れ下り、鉄橋に引っかかって流れをせき止め、ダムと同じ荷重にさらされた可能性がある」と話す。 被災の3日後に会見したJR西日本社長は、廃線を否定しなかった。 ◇ 越美北線の「越」は越前、「美」は美濃。福井と岐阜両県を結ぶ国鉄越美線の一部として計画された。岐阜県側の越美南線は1934(昭和9)年に北濃まで開業した。北線は遅れ、60年に一部開業。71年に国が旧和泉村を特別豪雪地帯に指定し、72年に九頭竜湖まで延伸された。 「油坂峠経由でトンネルを掘って南線と接続すれば事業費100億円、北へ石徹白(いとしろ)地区を迂回(うかい)すれば50億円だと、国鉄とやり合っていた」。元福井県議で、大野市長を務めた山内武士さん(79)は振り返る。 82年に公表された「第2次廃止対象ローカル線リスト」で、越美北線は「冬季の足に不可欠」と外されたが、越美南線は対象になって第三セクターの長良川鉄道越美南線となった。全通計画は幻に終わった。 ◇ 廃線になれば、車を使えないお年寄りや通学の高校生らの足が奪われる。輸送力の小さいバスでは代われない。地域の危機に行政が動く。西川一誠知事が社長に電話して説得。総費用40億円のうち30億円を県などが負担した。再建された鉄橋には、上部に鉄骨構造を配して橋脚を減らした「トラス橋」などが採用された。流木がひっかかりにくくなり、災害に強い鉄道に生まれ変わった。 被災3年を目前にした6月30日、全線の運転再開の日を迎えた。美山駅では地元住民らでつくる「越美北線盛り上げ隊」のメンバーが、列車が入るたびに郷土芸能の「美山音頭踊り」と美杉太鼓を披露した。1日で500人近い人が降り立ち、「頑張って」と激励してくれた。 100年以上続く大野市の「南部酒造場」は、本醸造生貯蔵酒「越美北線」を発売した。不通になっていた日数と同じ1076本限定で、1本ずつシリアルナンバーを付けた。社長の南部隆保さん(52)は「不通だった一日一日を思い起こし、再開の喜びをかみしめるお酒にしたかった」という。全国から問い合わせが相次ぎ、わずか2日で完売した。 「地図から白黒の鉄道マークが消えると、観光客が行き先を決めるときの選択肢から外れる。近場の人も来にくくなり、町が衰退する。越美北線は冬場のライフラインとして不可欠なだけでなく、地場産業が生き残るための生命線でもあるのです」 取材を終えて列車に乗った。うなりを上げるディーゼル機関の音が、一層力強く感じられた。 鉄っちゃんの聞きかじり<「スタフ」でバトンタッチ> 越美北線は越前大野駅を境に、福井側は信号による特殊自動閉塞(へいそく)式、九頭竜湖側はJR西日本唯一の「スタフ閉塞式」で運行している。 スタフは一つの閉塞区間に1列車しか入らないようにして正面衝突事故を防ぐ通行手形のようなもの。越前大野駅で列車が発着するたびに運転士と駅員が金属製の輪がついたスタフをやり取りする光景は、鉄道ファンに人気。越前大野―九頭竜湖間は気動車1両が往復するだけで、衝突の恐れはない。「儀式化しているとはいえ、スタフがないと運行できないし、何より名物ですから」と越前大野鉄道部。 越前大野駅の線路脇には「単線特殊自動閉塞式完成記念」と説明板に書かれた腕木式信号機が保存されている。福井側が93年10月に非自動閉塞式から特殊自動閉塞式に切り替わった際に現役を退いた。九頭竜湖駅では「到着証明書」が発行される。 探索コース 一乗谷駅から徒歩10分ほどで戦国大名の朝倉氏が山城や居館を構えていた、国の特別史跡「一乗谷朝倉氏遺跡」の入り口に着く。武家屋敷や町屋などが復元されている。駅近くには発掘遺物を展示する県立資料館も。遺跡内を流れる一乗谷川の約4キロ上流に、巌流島で宮本武蔵と対決した佐々木小次郎が「つばめ返し」を編み出したと伝わる落差12メートルの一乗滝がある。 |