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ここから本文エリア 現在位置:asahi.com>関西>関西の住まい>ぷらっと沿線紀行> 記事 モダンの園 2.2キロ 阪急甲陽線ぷらっと沿線紀行(21) 3両編成の小豆色の電車は、ゆっくりとホームを離れ北に向かう。阪急神戸線の夙川駅から苦楽園口駅を過ぎ、桜並木をかすめるようにカーブを曲がると、両側の視界がふわっと開けた。夙川をまたぐ鉄橋だ。幾本もの松が両側から覆いかぶさるように枝をさしのべ、迎えてくれる。
終点の甲陽園駅まで2.2キロ、5分。兵庫県西宮市の西部を通る阪急甲陽線は、行き止まりの典型的な「盲腸線」だ。 1924(大正13)年の開通時は、遊園地「甲陽園」とラジウム温泉がわく保養地「苦楽園」に客を運ぶ行楽線だった。 いま沿線は、緑豊かな関西有数の住宅街に変わった。大阪へ20分ほど。近すぎず、遠すぎず。混雑する幹線から乗り換えると、ほっとする。 物理学者の故湯川秀樹博士は昭和の初め、苦楽園に住み、甲陽線に乗って大阪大へ通勤していた。ある夕、帰宅すると妻に息せき切って話した。「今度はうまくいくかも知れない!」。日本初のノーベル賞を受賞した中間子理論の完成だった。 沿線にある夙川学院短大で教授を務める文化プロデューサーの河内厚郎さん(54)は「盲腸線が持つオンとオフの切り替え効果が、湯川さんが素晴らしい発想を得る一助だったのではないでしょうか」と話す。 のどかな沿線に10年前、突然危機が訪れた。 ■緑陰軌道 いつまでも 「わたしは夙川堤の松並木こそ全国的なすばらしい存在だと思う。近代文化の毒気にいつかは傷めつけられる日が来るかもしれぬが、得がたきこの西宮の至宝をいつまでも喪(うしな)わぬよう守り続けてもらいたいものである。この松あっての桜である」 桜の保護に生涯をかけ、水上勉の小説「櫻守(さくらもり)」のモデルになった故笹部新太郎は1955(昭和30)年、西宮市の広報紙に一文を寄せた。 笹部がたたえた夙川公園は37(昭和12)年に誕生した。堤に原生する松林を住宅開発から守るため、上流から河口まで約4キロの両岸を緑道化した。事業費は現在の十数億円に相当する約35万円。この4分の1にあたる約8万4千円を両岸から幅270メートルの地域に住む人々が負担した。教員の初任給が50円の時代である。 北海道大の越沢明教授(都市工学)は「住民が費用を出し、流域のほぼ全体を公園にしている例はほとんどない。日本の都市計画史上、先駆的で優れた事例です」と話す。 49(昭和24)年には西宮市と市民が協力して1千本の桜を植え、桜の名所に。「日本さくらの名所百選」にも入った。春、川を両岸からピンクの雲を重ねるように咲き誇る桜と、松の濃い緑の対比が鮮やかだ。 美しいだけではない。完成翌年の38(昭和13)年に起きた阪神大水害では、周辺の河川で唯一決壊を免れ、住民の命と暮らしを守った。95年の阪神大震災では、避難場所になった。頼もしい公園でもあるのだ。 ◇ 97年、西宮市は甲陽線の苦楽園口―甲陽園間の大部分にあたる約640メートルを地下に移す計画を地元住民に明かした。戦災復興事業として46(昭和21)年に決定された計画が、半世紀を経て突然具体化したのだ。 「道路の幅を広げて渋滞をなくし、危険な踏切もなくします」と市は説明したが、工事に伴い沿線の松や桜など数百本を切るという。 「緑を守ろう」「地下化はやめて」。住民たちは動き始めた。線路沿いに小さな手製の看板を下げ、夙川の歴史と文化を知る講演会を開いた。 線路沿いで31年間、医院を開いている中林晟(あきら)さん(71)は憤る。「松は、百数十年間にわたって夙川を彩り続けています。桜は、終戦直後の復興の願いがこもっています。今、切り倒して、本当にいいんですか」 計画は動かないまま10年余りが過ぎた。市と県、阪急電鉄は、今年度中に今後の方針を決めるが、市の担当者は「地元の人の気持ちを無視して強行はできませんから」と話す。 ◇ 甲陽園駅から線路沿いに歩くと、夙川学院前に約350メートルを樹木がアーケード状に覆う細い道がある。地元の人は「緑のトンネル」と呼び親しむ。ここも伐採予定地だ。残暑に照る道から一歩入ると、すうっと冷風がほおをなでる。天然の冷房だ。 「甲陽線地下化を考える市民ネットワーク」の事務局長、山川泰宏さん(69)は語る。「先人と行政が手を携えて生み出した景観だからこそ、私たちも桜の植樹などで市と協力して大事にしたい。次世代への財産なんですから」 鉄っちゃんの聞きかじり<「盲腸線」苦も楽も> 幹線から飛び出し、行き止まる。誰が呼んだか「盲腸線」。絶妙のネーミングだ。6年前に京都府庁を定年退職したのを期に、盲腸線を訪ねる旅を始め、「盲腸線紀行」正続2巻(各税別1900円、新風舎)を著した村上義晃さん(65)によると、全国に少なくとも200以上あるという。 村上さんが踏破した110余線の中で忘れられないのは、長良川鉄道越美南線の終点・北濃駅(岐阜県)。旧国鉄線で、福井県側のJR越美北線との連結構想が中止になり盲腸線となった。文字がはげかかったホームの看板、行き止まり線の端には古い車両が放置されていた。「涙が出そうな風景の真ん中にしばし身を置く」と書く。 華やかに活躍する盲腸線もある。阪急甲陽線は1日に1万1千人が利用し、起点の夙川駅には特急も止まる。関西空港線の終点・関西空港駅は、世界につながる。 探索コース 夙川駅は、夙川公園の真上にある。北に向かって川沿いを散策すると15分ほどで苦楽園口駅に出る。同駅前から西に延びる通りには、おしゃれなブティックや飲食店が並ぶ。 甲陽園駅は、甲山(かぶとやま)から六甲山に向かうハイキングルートの始点でもある。甲山山頂や甲山森林公園は徒歩約30分。子ども連れでも十分歩けるが、通行車両が結構多いので注意。
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