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「黒潮人」のマイレール ごめん・なはり線

ぷらっと沿線紀行(23)

 1両編成の気動車の客室ドアを開け、デッキに出た。視界いっぱいに真っ青な太平洋が広がる。これが土佐だ、と言わんばかりの大迫力だ。

写真高台のリゾートホテルから太平洋を望むと、高架を走る気動車の向こうに水平線が見えた
写真9640形特別車両のオープンデッキでは、乗客が南国の景色と風を満喫していた=いずれも高知県芸西村で
写真(左)ホームの脇で海を見つめる、いおきトラオ君(伊尾木駅)と球場ボール君(球場前駅)
写真(左)やすにんぎょちゃん(夜須駅)とにしぶんつきこちゃん(西分駅)
写真(左)あきうたこちゃん(安芸駅)となはりこちゃん(奈半利駅)
写真国鉄再建法により阿佐線の工事は中断。その直前、徳島側からの工事は高知県東洋町まで延び、全線開業の見通しのないままトンネルが貫通した=高知県東洋町で
地図  

 高知県南国市の後免駅と奈半利町の奈半利駅を結ぶ土佐くろしお鉄道ごめん・なはり線は、全線42.7キロの大半が高架と盛り土の上だ。海側に開放デッキをもつ「9640(くろしお)形」の特別車両は、遮るものがない眺望を楽しませてくれる。

 開通は2002年7月1日。安芸市長の松本憲治さん(59)は、万感の思いで記念イベントに臨んだ。「笑うかもしれないけどね、鉄道は夢だったんだ」

 安芸市には、土讃線後免駅から土佐電気鉄道安芸線が通じていた。1930(昭和5)年に開通し、高知市への直通電車も走った。乗客が減少し、65年に建設が始まった国鉄阿佐線と路線が重なったため、74(昭和49)年に廃止。それ以来、「鉄道のないまち」だったのだ。

 阿佐線の工事は81年、国鉄再建法で中断。88年に再開されたが、室戸回りで徳島側につながるはずだった路線は短縮され、奈半利で止まった。

 開業から5年、過疎地を走る路線の赤字は年間1億円近い。でも、地元は熱い。安田町で100席の映画館を営む小松秀吉さん(55)は「悲願のマイレール。37年も待ちよったきね」。「最後に完成した赤字ローカル線」を支える人たちを訪ねた。

■そして、物語は始まった

 ごめん・なはり線開業を約1年後に控えた01年春。高知県安芸市の小松計夫さん(50)が経営するスポーツ用品店にファクスが3枚届いた。「アンパンマン」の生みの親、やなせたかしさん(88)からだった。

 「全部で20キャラクターにする」と書かれ、全駅分のキャラクターの下絵が並んでいた。

 小松さんら若手経営者たちは新線の人気を盛り上げようと、やなせさんにキャラクターを頼んだ。報酬は「ただ同然」。始発の後免駅がある南国市で育った人気漫画家の愛郷心にすがった。「びっくりした。てっきり一つだけだと思っていたから」

 「どうせ赤字覚悟なんだから、楽しい列車にしなくちゃ。出血大サービスだったよ」とやなせさん。

 アユのいる清流に近い安田駅は「やすだアユ君」、阪神タイガースのキャンプ地となる球場前駅は「球場ボール君」……。各駅の地元の名産や名所などを取り入れた、楽しい「応援団」が生まれた。

 始発駅から15番目、安芸市の伊尾木(いおき)駅。「いおきトラオ君」は、ホーム脇のポール上で海を見つめていた。真四角の顔、片手にトランク。モデルは、映画「男はつらいよ」の主人公フーテンの寅さんだ。

   ◇

 モチーフになったのは駅から5分ほど歩いた集落の中にある「寅さん地蔵」。建立した川島憲彦さん(60)は22歳で父を亡くし、ガソリンスタンドを継いだ。資金繰りに追われ、ふと入った映画館で第1作と出会う。零細企業のつらさが胸に迫り「腹の底から笑って泣いた」。

 全48作を欠かさず見た。ロケ地になっていないのは高知と富山だけ。「映画への協力は町を見直す機会になる」。寸劇や漫才をする「寅さん一座」を作って県内を回り、誘致を訴えた。決定直前の96年8月、主演の渥美清さんが亡くなった。

 川島さんは冥福を祈り、5カ月かけて寅さん地蔵を彫った。観光地図に載り、「旅の安全を見守ってくれる」と、お遍路さんも立ち寄る。

 終着駅のある奈半利町は開業後、観光客が押し寄せた。これといった観光資源はない。客は町中をうろうろし、住民も戸惑うばかりだった。

 有志が作った対策委員会が目をつけたのが、港の消波ブロックに着床するサンゴ。研究者に調べてもらうと、73種類も確認された。琉球列島のサンゴ礁域でも珍しいとされるアザミハナガタサンゴも確認された。

 有志数人で舟底に窓のある12人乗りのグラスボートを購入。解説つきで案内し、親子連れに大好評だ。

 委員会事務局長の小笠原良さん(55)は「鉄道が来たおかげで町の宝を見つけることができた。よってたかって大事にしていかんとね」。

   ◇

 幻の49作「寅次郎花へんろ」は、都会から帰郷した傷心のマドンナに寅さんが一目ぼれ。マドンナと兄、家族の心の葛藤(かっとう)を描く構想だった。

 山田洋次監督(76)に畑の中の伊尾木駅の写真を見てもらった。「寅さんが降り立つ物語の始まりにもってこいだね。何もないところから、何かが起こりそうな。こんな路線があればモチーフにしたでしょうね」

鉄っちゃんの聞きかじり<四国一周構想、今は昔>

 四国をぐるっと1周する壮大な「四国循環鉄道構想」。JR四国刊行の「四鉄史」によると、「大正8年にときの政友会、憲政会、国民党の3派から敷設建議案が提出された」とある。この構想のもと、阿佐線は1922年、高知と徳島を結ぶ路線として旧国鉄の予定線に編入された。全国で「おらが鉄道」を熱望した時代だった。

 国鉄再建法によって81年までに工事が中断した阿佐線のうち、徳島側から始まった工事は、高知県東洋町まで進んでいた。徳島県などが第三セクター「阿佐海岸鉄道」を設立し、92年に8.5キロ区間で開通した。

 四国の鉄道路線図をみると、海岸沿いに鉄道がないのは高知県の東西両端の区間。室戸市をはさんだ約60キロと、宿毛市から愛媛県宇和島市の約50キロ。ここを通せば、四国循環という形になりそうだが、要望する声は出ていないという。

探索コース

 安芸市には藩政時代の武家屋敷が残り、田園の一角には屋根の上に「野良時計」がある。明治20年ごろ、地主が歯車まで手作りしたモダンな逸品。農作業の行き帰り、時を知らせたという。安芸駅ぢばさん市場に無料レンタサイクル。沿線の各駅を起点に、海沿いや山を歩くイベントも年6回。問い合わせは土佐くろしお鉄道(0887・34・8805)。

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