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ここから本文エリア 現在位置:asahi.com>関西>関西の住まい>ぷらっと沿線紀行> 記事 おもちゃ箱がゆく 近鉄内部・八王子線ぷらっと沿線紀行(29) 水色や黄、ピンクのパステルカラーに塗られた車体は、とにかく小さい。手を伸ばせば天井に届く。3両編成の1、3号車は、1人がけのクロスシートが左右1列ずつ。機械を置く場所がないのでクーラーもない。最高速度はわずか時速45キロだ。
三重県四日市市の南部を走る近鉄内部(うつべ)線と八王子線のレール幅は、762ミリ。新幹線や近鉄本線など標準軌の1435ミリの半分ほど。同じ三重県の三岐(さんぎ)鉄道北勢線、富山県の黒部峡谷鉄道とともに残る「最後の軽便鉄道」だ。 映画監督の瀬木直貴さん(44)は近鉄四日市駅から四つ目の泊駅近くに高校卒業まで住んだ。忘れられない光景がある。 線路の上にいた野良犬が電車に気付き、のんびりと逃げる。電車も速度を緩めて追いつかない。「だから田舎なんや」 好きになれなかった町。でも嫌いではない。そんな中途半端な思いを抱えて都会に出た。だが、四日市を舞台にした前々作「いずれの森か青き海」(2003年)を撮り、故郷は欠かせない自分の一部だと気付いた。 最新作の「Watch with Me〜卒業写真〜」は、末期がんに侵された主人公の元報道カメラマンが故郷に戻り、風景と友人たちのスナップをちりばめた写真集を作る物語だ。 「故郷への愛着を二重写しにして撮った」。その中心に小さな電車の記憶がある。 ■カタンコトン 夢の中 八王子線の終点・西日野駅近くの三重県立四日市南高校は、朝の電車通学に緩やかな決まりを設けている。近鉄四日市駅を午前7時41分、8時3分、8時25分に発車する電車をそれぞれ「1年生電車」「2年生電車」「3年生電車」と名付け、時差通学を励行しているのだ。 教頭の結城義一さん(57)は「はじめは驚きました。でも、電車を見たらすぐに納得しました」と話す。 3両編成の八王子線の定員は205人。約960人の生徒の半数が電車通学だけに、一つの電車に生徒が集中して「定員オーバー」にならないようにするための「伝統」だ。 OBの三重県菰野(こもの)町長、石原正敬さん(35)は「それでも4月は混雑がひどいけど、そのうち早めに登校したり、自転車を使ったりと知恵を絞り始めるんです」と振り返る。 ◇ 八王子線は、1965(昭和40)年2月、四日市市と地元代表、当時路線を保有していた三重電気鉄道の間でいったんは廃止の覚書が交わされた。当時は西日野駅の先に室山、伊勢八王子の2駅があった。乗客の少なさが理由だったという。その年、近鉄が経営を引き継ぐと、地元の有志の間から反対運動が始まった。 地元の近鉄マンも参加した。66年に助役になった林政太郎さん(84)は室山地区の集会に2、3回、隅で小さくなりながら出席した。宇佐美稔さん(84)は地元に広がった一株株主運動に参加。当時230円前後だった近鉄株1株を購入した。「だけど、あの水害でどうにもならんようになった」 74(昭和49)年7月25日早朝、集中豪雨が四日市市を襲った。中小のほとんどの河川が決壊・はんらんし、床上浸水約6400戸、床下浸水は約1万700戸にのぼった。 宇佐美さんは当時、内部線と八王子線が分岐する日永駅の助役。朝、床上浸水の自宅を後に歩いて駅に向かった。道のりの半分を過ぎたころ、「線路近くの天白川の堤防が20メートルくらい切れて、どばーっと濁流が流れ込んできた」。天白川の土手を走る西日野―八王子間は道床を流され、無残な姿になっていた。 反対の声は徐々に小さくなり、2年後、西日野―八王子間は廃線に。四日市南高などの通学の便を考慮し、西日野駅までは残った。 ◇ 夕刻の日永駅。黄色のスモックと帽子の子どもたちが乗り込んできた。近くの日永保育園の園児たちだ。真ん中のロングシートの車両が「指定席」。おしゃべりをしたり、すぐに眠ったり。園長の長谷川忠雄さん(62)は「子どもたちは皆、電車好き。電車がなかったら保育園は考えられない」と話す。 「もう年やで、車やめて鉄道に変わったわ」。内部線を担当する四日市駅助役の築原勝二さん(55)は、2日に1度詰める内部駅で、時々こんな高齢者に出会う。「道路や車がいくら便利になっても、また鉄道に戻ってくる人たちがいるんです」 狭い、遅い、よく揺れてクーラーもない「最後の軽便」。地域の生活にとけ込みながら、これからも生き残っていくはずだ。 鉄っちゃんの聞きかじり<民から民へ 再生に挑む> 同じ軽便鉄道規格の三岐(さんぎ)鉄道北勢線(西桑名―阿下喜(あげき)間、20.4キロ)は、近鉄が廃止を決めたため、三岐線を運営する三岐鉄道が03年4月、地元の存続の要望を受けて引き継いだ。鉄道事業の民間から民間への譲渡は全国初。沿線の3市町が10年間、赤字補填(ほてん)など運営資金を補助する。 乗客を呼び戻そうと、さまざまな再生計画に取り組む。駅を統廃合し、道路近くに新駅を整備。8駅に無料駐車場を設け、車と電車を乗り継ぐ「パークアンドライド」を進める。駅隣接のスーパーや農産物直売所、書店などもある。車両には、一部の座席を取り外して要望の多いクーラーもつけた。「インバーターエアコンのノイズによる誤動作を防ぐために踏切設備もすべて一新し、変電設備も増強した」と同社北勢線管理部の雨澤隆生次長(42)。時速65キロで運転する高速化の目標も掲げている。 探索コース 室山など四郷(よごう)地区は「日本の近代工業発祥地の一つ」といわれ、明治36年建築の亀山製絲室山工場(旧伊藤製糸場)や大正10年建築の四郷郷土資料館(旧四郷村役場、土曜開館)が残る。追分駅近くの「日永の追分」は東海道と伊勢街道の分岐点で「東海道中膝栗毛」にも登場する。日永駅の東側では定期市の一つ「日永朝市マーケット」が偶数日の午前に開かれる。 この記事の関連情報 |