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ここから本文エリア 現在位置:asahi.com>関西>関西の住まい>ぷらっと沿線紀行> 記事 アイデア王の学園都市 阪急今津線ぷらっと沿線紀行(53) 駅の近くによく見られるパチンコ店や風俗産業が一つもない。阪急今津線の沿線に位置する兵庫県西宮市・上ケ原地区は、良質な住宅地として知られる環境を守ってきた。
市は1958(昭和33)年、ここを西日本初の文教地区に指定。教育にふさわしくない業種の出店を条例の規制で阻んだ。まちの性格を決定づけたきっかけは、神戸市灘区の「原田の森」(現在の王子公園)にあった関西(かんせい)学院の上ケ原移転にさかのぼる。 26(大正15)年。大学開設のための用地探しや費用の工面に難渋していた関学は、優れた経営手腕で有名になっていた阪急電鉄創始者の小林一三(いちぞう)に相談を持ちかけた。小林は、移転先として上ケ原の社有地を譲るうえ、校舎建設費を負担することも約束したという。そこまでした理由について、関学大名誉教授の津金沢聡広(つがねざわ・としひろ)さん(75)は「学園都市を造り、今津線で通学客を運ぶのが狙いだった」とみる。 後を追うように相次いで大学が進出し、地域の教育熱は高まっていく。関学大の学生は当初の220人から現在は1万6千人に増え、文教地区内の他の2大学も含めると2万人。今津線と神戸線が交わる西宮北口駅周辺では約20の学習塾がしのぎを削る。 希代のアイデアマンだった小林は、他にも沿線にたくさんの戦略をちりばめていた。 ■このまちは夢が似合う 山梨県出身の小林一三は銀行員を経て阪急電鉄の前身会社の経営にかかわり、1910(明治43)年に現在の宝塚線と箕面線、その10年後に神戸線を開業した。 田舎だった宝塚線沿いでは全国初の住宅ローンを導入して宅地開発に成功。宝塚駅周辺では温泉施設、宝塚歌劇団、ホテルなどを次々に展開した。そのレジャーランドへ神戸・阪神方面からの客を運んだのが、神戸線西宮北口駅とつないで21(大正10)年に開業した西宝線(現在の今津線)だ。 ◇ 「電車事業は都会と都会を結ぶからいい。従って宝塚は無理にこしらえた都会だ」。小林の言葉に、沿線開発を重視した経営理念への自信がのぞく。田畑が広がる今津線沿いにも住宅を建て、都心への通勤客を確保。一方、逆向きの客を呼び込む装置が宝塚の娯楽施設であり、大学だった。 29(昭和4)年に上ケ原へ移った関学は3年後に大学を設置。直後には、神戸市中央区にあった神戸女学院も学生増への対応で近くに移転してきた。小林は女性専用車ならぬ「神戸女学院貸切車」を今津線と神戸線で運行。少なくとも数年間は走っていたという。同学院高等女学部出身のラテン歌手、あい御影(みかげ)さん(81)は「車内に女学生のおしゃべりが響き、にぎやかでしたよ」と懐かしむ。 小林の仕掛けは止まらない。36(昭和11)年には、現在の読売ジャイアンツ、阪神タイガースに続くプロ野球団として阪急ブレーブスの母体を設立。翌年には西宮北口駅前に阪急西宮球場を造った。 「様々な市民の楽しみが交ざり合った『おもちゃ箱』のような路線だった」。阪神間の文化に詳しい夙川学院短大教授の河内厚郎さんは当時の今津線をこう評する。 戦中戦後に商工大臣や国務大臣も務めた小林は57(昭和32)年、84歳で死去。それから半世紀が過ぎ、時代の変化などで色あせた「おもちゃ」は次々に姿を消した。今も人気を誇るのは宝塚歌劇団だけだ。 ◇ 関学大は2005年、「地域フィールドワーク宝塚」と題する授業を始めた。かつてのにぎわいを取り戻したい宝塚市からの要請がきっかけだった。これまでに、学生たちの発案で「温泉を使った駅前足湯」「旧温泉街のライトアップ」などが実現。盛況ぶりを聞いた市内の商店会から「うちにも知恵を貸して」との声が寄せられている。 今年度の参加学生は約50人。リーダー役の法学部3年、石田直之さん(20)は「子どものころ、宝塚は温泉や遊園地があって楽しい所だった。もう一度、誰もが行ってみたいと思うまちにしたい」と話す。学舎の中に、新しい戦略を練る若者たちがいる。 03年に経営不振で閉園した宝塚ファミリーランド。その跡地の一角に今春、関学の初等部が新設された。小林の夢の一つが消え、別の一つは膨らみ続けている。 (文・根岸拓朗 写真・西畑志朗) 鉄っちゃんの聞きかじり<今はなき平面交差> 阪急西宮北口駅の構内では1984年まで、南北に走る今津線と東西の神戸線の線路が直角に交わっていた。路面電車を除けば全国唯一の平面交差で、「ダイヤモンドクロス」と呼ばれた。 乗客増に対応するため西宮北口駅の神戸線ホームをダイヤモンドクロスの上まで延長することになり、今津線の線路は分断された。それまで宝塚―今津間の9.3キロを直通で結んでいた今津線だが、西宮北口駅で乗り換えが必要になった。 珍しかった平面交差に魅了された鉄道ファンは多い。昨年、阪急電鉄が創立100周年を記念してダイヤモンドクロスのジオラマを2万9千円で発売したところ、400個以上が売れた。購入した一人、兵庫県尼崎市の井上雄次さん(62)は「中学・高校時代に通学で毎日利用した青春の思い出。さらに精巧な模型を独自に作りたい」という。 探索コース 宝塚駅を降りてすぐ南の橋のたもとから、スロープづたいに武庫川の河川敷へ出られる。芝生や遊歩道があり、市民の散歩コースとして人気だ。ソメイヨシノ約100本が植えられた「花のみち」を東へ行くと、英国風庭園やレストランを備えた宝塚ガーデンフィールズ、この地で青春時代を過ごした漫画家・手塚治虫の記念館などがある。 この記事の関連情報 |