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当世家庭訪問事情 簡略化進む、「意味ない」の不満も

2008年04月18日

 小学校でまもなく本格化する先生の家庭訪問が、以前に比べかなり簡略になっている。玄関先での短い立ち話で終わったり、希望者だけの実施だったり。形式的だと感じ、「意味がない」と不満を持つ保護者もいる。

イラスト  

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 大阪府茨木市の小学校に2人の子を通わせる女性(36)は、5月初めの家庭訪問を「面倒だな」と感じている。

「お子さんどうですか?」

 3年前、担任教諭の開口一番の言葉に戸惑った。「どうですかって、こっちが学校での様子を聞きたいのに」

 教諭は玄関先で10分ほど自分の身の上話をしただけ。勉強部屋を見ていくわけでもなかった。「顔合わせなら参観日で十分。時間をやりくりしても、それに見合うものがない」と思うようになった。

 千葉県鎌ケ谷市の小学校に6年と3年の子を通わす主婦(37)も「立ったままで、思っていることも話せなかった」。同じクラスの母親から「『手作りのお菓子を用意した』と言ったら担任が家に上がった」と聞き、一貫性のなさに不信感を持ったという。

 金沢市の女性(35)は簡略化の流れに理解を示す。小学校からは「家の場所だけ確認するので、いなくても結構です」というプリントが届いた。「この時期、先生が子どものことをしっかり把握するのはまだ無理。通学路や自宅の確認が目的になるのは仕方ない」と言う。

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 堺市の小学校の女性教諭(47)は8割が玄関先で終わってしまう。家に上がって家庭での生活習慣などについてきちんと話したい子もいるが、共働きの家が増え、「忙しそうにしている親に『上がらせて』とは言いにくい」と話す。また、扉を10センチしか開けてくれない親もいる。

 大阪府高槻市のある小学校では、約10年前に家庭訪問をやめ、個人懇談に切り替えた。「家に来られるのは負担が大きい」という保護者の声が強まったためだ。教員には「やった方がいい」との声もあるが、保護者から再開の要望はないという。

 一方、福岡県古賀市の小学校では、保護者がたいてい先生を家に招き入れる。男性教諭(36)は「さすがに晩ご飯が出ることはなくなったが、座って向き合えば保護者の本心を聞ける」と話す。

 各学校とも、授業時間の確保が至上命題で、家庭訪問の時間を生み出すのに苦労している。兵庫県尼崎市や京都市の一部の学校は、午前中で授業を切り上げて家庭訪問に充てていたのを、5年ほど前から午後の授業を終えてから回ることにした。そのぶん期間が延び、教諭の負担は増している。

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 家庭訪問は、江戸時代の寺子屋で始まったのが源流で、明治初期には不就学児を学校に通わせるよう説得する目的になった。現在、法的根拠はなく、学校の裁量にゆだねられている。

 岐阜大の有村久春教授(教育学)は、保護者のプライバシー意識の高まりと、学校週5日制の導入による授業時間の減少で、15年ほど前から家庭訪問の規模の縮小、簡略化が続いているとみる。「学校は成績さえ上げてくれればいい、と考える親が増えた。先生も忙しく、じっくりと話す時間がない。玄関での立ち話は妥協の産物」

 小2から高3まで3人の子がいる京都市下京区の女性(44)は、計16回の家庭訪問を経験した「達人」。実りある家庭訪問にするポイントとして、(1)事前に聞きたいことをメモしておく(2)ねぎらいの言葉をかける(3)中に入るのを一度断られても、もう一度勧める――の3点を挙げる。「先生1人で悩みを抱え込み、学級崩壊したこともあった。子どもを守るためにも、先生を応援する姿勢を見せる機会にしたほうがいい」と話す。(中塚久美子)

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