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うまい地元の酒が飲みたい

奈良県御所市・油長酒造 風吹く森に恵みのお米

2010年7月5日

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写真中央が山本長兵衛さん。左から、松澤一馬杜氏、山本嘉彦専務、営業担当の高橋千尋さん、契約農家の杉浦英二さん。アキツホを植えたばかりの田んぼを前に、自然に笑顔がこぼれます=奈良県御所市、滝沢美穂子撮影

写真柿の葉ずしと日本酒

写真風の森

写真片上醤油

写真水まんじゅう

 「風の森」。まるで、宮崎アニメに登場する地名みたいじゃないですか? そんなふしぎな名前の日本酒がいま、人気を集めています。飲むと、やっぱりふしぎな味わいなのです。お米の味わいが深く染み出してくるような、それでいて軽やかな、まさに風のような。どんな人が、どこで、どんなふうにつくっているんだろう。

 奈良県御所市にある油長(ゆうちょう)酒造の蔵を訪ねると、ここがまた、ふしぎな場所でした。江戸時代の古い町家と道が、そっくり街ごと残っているんです。「結納屋さん」とか「紙屋さん」とか、今の時代では見かけなくなった古いお店がちゃんと営業しています。

 さらに驚いたのは、「風の森」というのは実在の地名だというのです。蔵から車で20分ほど走ると、ゆるやかな丘に広がる田んぼの中に、石の柱がぽつんとありました。「風の森」。ほんとだ。(稲垣えみ子)

   ◇

 風の森からさらに山の中へ。蔵主の山本長兵衛さん(56)が、田んぼに案内してくれました。植えたばかりの苗が悠然と風に吹かれています。

 「アキツホです。このあたりでは昔から普通に食べてきたお米です。最近はキヌヒカリなどうまい米に押されてすっかり少なくなりましたが」と、契約農家の杉浦英二さん(41)。山から流れてくる水の恵みを生かして、減農薬で丁寧に育てています。

 このお米を、葛城山に降った雪や雨が数百年かけて地層にしみこんだ水で仕込み、しぼったそのまんまの生の状態で出荷したのが「風の森」です。濾過(ろか)したり加熱したり水を加えたり、そういう処理は一切しない。「処理すると品質が安定する一方で、うまみも取れてしまう。舌の上に乗ったとき、ふくらみのある米のうまみをそのまま感じてもらうには、無濾過の生酒でなかったらあかんのです」と山本さん。目指すのは「すっぴんの酒」です。

 創業290年の蔵が11年前に「風の森」銘柄を立ち上げたのは、「地酒とは何ぞや」と考え抜いた結果でした。

 「顔を知ってる地元のオッチャンがつくった米で造った酒を、地元の人が飲む。地酒って元々そやったと思う。それやからこそ個性が出てくる」

 これは、当たり前のようでいて、当たり前のことではありません。

 いま「うまい酒」の多くは、特別な「酒米」で造られます。山本さんも若いころ、全国の蔵が欲しがる高品質の酒米を取り寄せ、余分な成分を取り除くため仁丹サイズになるまで削り、香り高い究極の酒を造ろうと努力した時期がありました。でも次第に、これでいいのかと思い始めたのです。

 高価な酒米を削って使うわけですから、できた酒は当然、値段が高くなります。一升1万〜2万円の酒となると、普通の人が気軽に飲むのは難しい。そのうえ、専門家からは評価されるのに、消費者の評判は思ったほど高くないのです。なぜなのか。

 「日本人って、味覚も嗅覚(きゅうかく)も非常に繊細に見分ける能力を持っているんです」。だから和食に強い味や香りは必要ない。そんな繊細な料理を、香り高い酒と合わせたら、「一口目は、いいなあと思う。でも杯を重ねるごとに、香りがじゃまになってくる」。

 普通の人が日常的に飲める値段で、飲めば飲むほど杯が進む酒を造りたい。心に浮かんだのが、蔵が昔から当たり前に使ってきた地元の米「アキツホ」だったのです。

 でも、平凡な食用米が、酒づくり用につくられた酒米に「すっぴん」で勝負? そんなことできるんでしょうか。「できます」。大切なことは、それぞれの米の特徴を否定せず、生かしてやること。丁寧に育てること。

 適度に溶けやすいアキツホは、ふくらみのある味がバランスよく乗ってくる。その力を信じて、あまり削らず、大吟醸なみに約40日かけてゆっくりもろみを育て、最後の「搾り」でも空気に触れて酸化することのないよう工夫を重ねる。むしろ、米以外の味や香りが交ざらぬよう徹底して目を光らせます。最新の技術で100メートルの深井戸を掘り、鉄分やマンガンが究極まで少ない水を取り出す。余分な香りのつく木や木綿などの道具は使わない。バルブまで気を使い、ゴムパッキンを使わないシンプルな構造に変える……。

 アキツホの他、キヌヒカリなど様々な米の「風の森」がありますが、どれも発想は同じ。長所を生かして丁寧に育てれば、どんな米もジューシーではじけるようにフレッシュな酒になる。人間もそうかもしれません。

 最近は雑誌などで取り上げられて全国から引き合いが来ますが、地元で飲んでほしいから、奈良の小売店優先で卸しています。今も販売の主力は近所の酒屋さん。地元の主婦が口コミで晩酌、贈答用に買っていく。こうして地域経済が回る。輸送によるCO2も発生しません。「それが一番いい形と違いますか」。奈良の人、シアワセです。

   ◇

■蔵元おすすめの「晩酌の酒」(一升瓶・税込み価格)

●風の森 秋津穂 純米 しぼり華(1995円) 「しぼってそのままの米のうまみと綺麗(きれい)な酸味を味わえる『風の森』のスタンダード。どんな料理とあわせても杯が進みます」

●風の森 露葉風 純米 しぼり華(2520円) 「ふくらみのあるリッチな味わいを楽しむなら奈良県産の酒米を使ったこちら。脂の乗った料理にも負けないうまみがある」

●風の森 キヌヒカリ 純米大吟醸 しぼり華(2940円)「奈良県産の飯米を磨き、綺麗な香りと味わいを生み出しました。お造りなど薄味の料理を引き立てます」

(問い合わせは油長酒造=0745・62・2047)

   ◇

【肴】家庭の味 柿の葉寿司

 米のジュースともいえる風の森は、味の濃い料理にも負けません。今の時期のおすすめは「柿の葉寿司(ずし)」。御所では6月のお祭りの日に各家庭でつくるそうで、スーパーでも柿の葉が出回ります。「渋柿の葉がいいと言われますが、洗ってフキンでふいた普通の柿の葉でも」と蔵元の妻、育子さん。山本家に伝わるレシピ(40〜50個分)を教えていただきました。

 つくりかた 

 (1)お米5合(モチ米1合を交ぜる)を洗ってザルに上げる

 (2)昆布ダシを取ってお酒大さじ3を入れ、同割(5合)の水加減で米を炊く

 (3)塩サバ1匹を三枚におろし、薄くそぎ切りにして甘酢(酢50cc、砂糖大さじ1、酒少々)に30分つける

 (4)炊きあがったご飯に合わせ酢(酢90cc、砂糖大さじ5、塩小さじ2)を混ぜてすし飯をつくり、ほんのり温かい間に40〜50個の長細いおにぎりをつくる

 (5)おにぎりの上にサバの切り身を一切れ乗せ、柿の葉でくるんで両端を織り込み、木箱にきっちり詰めて押しぶたをし、分厚い本などで重しをして半日から一晩おく。

【土地を楽しむ】

 ●行き方 歩く楽しさ満載なので、ぜひ電車でどうぞ。近鉄御所駅が便利です。

 ●見どころ 司馬遼太郎の「街道をゆく」にも登場する葛城古道は、風の森バス停から御所駅まで約10キロのコース。適度なアップダウンと山道が入り交じるハードな道ですが、古い日本家屋が点在する静かな道を、田んぼを渡る風に吹かれながら歩けば、悠久のときにタイムスリップした心持ちになります。古い神社やお寺がたくさんあるのも楽しみ。老杉と池に囲まれた高鴨神社はこの世のものとは思えない美しさ。社殿修復のお金を寄付したら、近くの田んぼで育てた「五穀長寿米」をいただきました。一言主神社は「願い事をひとことだけ聞いてくれる」神様がおられる、ありがたい神社。地元の方によると、お参りするときは神社に着くまで口を利いてはいけない、そして願い事がかなったら、その都度お礼参りに行かなくてはいけないそうです。「本当によくお願いを聞いてくださいます」とのこと。道中、自動販売機などはほとんどないので水筒と帽子を忘れずに。春はツツジ、秋はススキが美しい葛城山も、駅からバスとロープウエーで登ることができます。いずれも近鉄御所駅に手書きの詳しい地図が置いてあります。

 油長酒造のある駅前の旧市街地では、毎年11月に「霜月祭(そうげつさい)」が開かれ、由緒ある町屋を公開。約1万2千人が訪れる人気のイベントです。

 ●買う 葛城古道の道中にある片上醤油(かたかみしょうゆ)(0745・66・0033)では、奈良県産の大豆を使った醤油が杉の大桶で発酵中。自然の季節のままに育った貴重な醤油をどうぞ。駅前の和菓子店「あけぼ乃」(0745・62・2071)では水まんじゅうをぜひ。ササの葉にくるんで氷で冷やした自然な冷たさと甘さは、この時期ならではの楽しみです。「風の森」は、油長酒造近くの東川酒店(0745・62・2335)で買うことができます。

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次回は9月5日に掲載します。

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