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うまい地元の酒が飲みたい

兵庫県明石市・太陽酒造 震災 借金 怒りと愛の味

2010年11月8日

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写真試飲会が開かれるのは天保10年生まれの建物。「見上げれば空がのぞく。でも精いっぱいのおしゃれをしてお待ちしています」と田中眞澄さん(右)。中央が忍社長。左が植木友浩さん=兵庫県明石市、伊藤菜々子撮影

写真   

写真江井ケ島海岸

写真狛犬

写真ひねぽん

 地元の小さな酒蔵を訪ねると、「この人たちは、なぜ酒造りを続けているんだろう」と考え込んでしまうことが少なくありません。

 何しろもうからない。日本酒の消費が低迷を続ける中で、いい材料を使い、人手を惜しまずに「うまい酒」を造っても、高い値段をつけたら売れないのが現実です。ぎりぎりの価格をつけ、やせがまんの経営を続けているところがほとんどです。

 仕事もきつい。気候が変われば、原料となる米の品質や酒をかもす微生物の機嫌も変わる。24時間気が抜けない日々の連続です。なのになぜ、歯をくいしばり……そんなフレーズが頭をよぎります。

 兵庫県明石市の太陽酒造は、中でも最も経営の苦しい蔵のひとつ。阪神大震災。取引先の倒産。借金1億3千万円からの再出発。そんな中、目つきの鋭い社長が造りだすのは、驚くほどパワフルな酒でした。(稲垣えみ子)

   ◇

 金曜日の夕方になると、海水浴場からほど近い蔵にポツポツと人が集まってきます。

 通称「千円居酒屋」。地元の魚や野菜を使った手作りの肴(さかな)を並べて、田中忍社長(61)と妻の眞澄さん(55)、蔵人の植木友浩さん(28)が出迎えます。「ほんまは居酒屋ちゃうねん。有料試飲会。酒の味を知ってもらって気に入ったら、買うて帰ってもらいたい」と社長。「オレ技術屋やからエラソやねん。営業へたくそ。そやから向こうから買いに来てくれる酒を造る」

 で、売れますか?

 「売れんな」

 蔵のスローガンは「淡麗辛口に反旗を翻す」。飲みやすいよう水で薄めたり濾過(ろか)したりは一切しない。多くの人は「濃い」で終わる。「でもいろんな地酒を飲んできた人はハマる。100人に1人好きになってくれたらええ」

 横で眞澄さんが苦笑いしています。「億のお金を返すって大変なことよ」。植木さんは音楽の調整中。灘の大手蔵で働いていたのですが、機械頼みの酒造りが嫌で「ここで働きたい」と押しかけて来た無口な青年。酒造りが始まれば鬼に変身する社長に耐えかねて逃げ出したこともありましたが、「僕がいなかったらホンマにつぶれてしまう」と踏みとどまっている。眞澄さんはウエキチと呼び、かわいがっています。「社長もヘンコ。私もこう見えて人見知り。こんな3人がやってるんだから大変。でも、苦労も度が過ぎるとエネルギーになるのよね」

 苦難の始まりは阪神大震災でした。

 元々売れ行きが落ちていたところへ蔵が全壊。借入先の銀行も倒産し、酒造再生を掲げるベンチャー企業の登場で喜んだのもつかの間、酒が思うように売れないからマンション業者に蔵を売ると通告される。これまでかと思ったところで、太陽ファンの実業家が蔵を買い戻す金を貸す金融機関を紹介してくれた。危機一髪! でも、借金だらけの再出発。

 「ウチは金ないよ。そら金がある方が強いに決まってる。でも、酒造りで負ける気はしない。結局は、気持ちやねん」。気持ち?

 「そや。オレ性格悪いから、悪い酒しかできへん」。社長はニヤリと笑うのです。

 実は社長、昔は相当悪かった。親に黙って高校中退。車で暴走。職を転々。そんなワルが酒造りにはまったのは皮肉にも、経営難で杜氏(とうじ)を雇う余裕がなくなったことがきっかけでした。

 自ら酒を造らざるを得なくなり、本や資料を読んで一から勉強。すると、様々な疑問がわいてきたのです。

 戦時中の米不足で認められたアルコール添加を、米余りの今も続けていていいのか。効率よく税金を取りたい国が進めたごまかしの酒造りではないのか。そもそも「淡麗な酒を造れ」「低アルコール酒を造れ」という国の指導に従った日本酒の消費は落ちる一方。そや。指導の逆を行ってやれ。

 目標は濃厚で深い、でもすっきりキレる酒。米の洗い方。蒸す時間。仕込み配合。誰の指導も受けず工夫を重ねる。設備は昔のまま、蔵人は1人。でも少ない将棋のコマで頑張るからこそ勝ち目がある。「もうけへんていう姿勢が大事やねん。もうけようとしたら、悪い材料使うやろ。機械で手抜くやろ」。社長の月給は6万8千円。「ええねん。オレ遊び人やから、金があったら考え方も違ってくるわ」

 「この人の原動力って、怒りだと思うのよ。ニュース見ててもずーっと怒ってばっかり。でもね、その怒りって結局、愛じゃないかなって。ああ見えて、日本とか、古いものとか、愛してるのよね」と眞澄さん。

 ドンと濃くパワフルで、ふいに蜜のような香りを漂わせる太陽の酒は、確かに怒りと愛の味がする。

 借金を返し終えるのは8年後。そのころ、近くの海岸で花火が上がるはず。花火師に特注して「マイ花火」を上げるのが夫婦の約束なのです。

   ◇

■蔵元おすすめの「晩酌の酒」(一升瓶・蔵元直売の税込み価格)

 ●「たれくち」純米無濾過生原酒(3千円) 「しぼりたての上澄み部分をとりだした酒。重厚だけどキレがいい、うちの酒の特徴がよく出てると思うわ」

 ●14年熟成古酒「太陽」(3千円) 「酒は熟成させるほど個性の違いが出てくるんや。好き嫌いがハッキリする酒やな」

 ●「神稲(くましね)」純米無濾過生原酒(3500円) 「契約農家に復活してもらった酒米『野条穂』で造った、うちが目指す酒の到達点に近い酒。売り切れて在庫はゼロ。年末には新酒が出せると思うわ」

(問い合わせは太陽酒造=078・946・1153)

   ◇

【肴】琵琶湖産アメノウオ

 眞澄さんがつくる、地元・明石の漁港などでとれる魚を使った料理は「千円居酒屋」でも大人気。なかでも、秋の魚をつかった評判の逸品「サンマの梅酒煮」を紹介します。

 つくりかた

 (1)サンマの頭と内臓を取り、一口大にぶつ切りする (2)鍋にサンマを入れ、梅酒としょうゆを3対1の割合で、サンマがかぶるくらいに入れる。好みの分量の砂糖とショウガのスライスも加え、弱火でサンマの骨がやわらかくなるまで煮る。

 おまけレシピ

 「キビナゴやイワシなどの新鮮な小魚が手に入ったら、頭と内臓、うろこを取り、海水程度の濃さにした塩水に1時間程度つけた後、水気をふき取ってフライパンに並べ、かぶるくらいのオリーブ油とニンニク、鷹(たか)の爪(つめ)、粒コショウ、月桂樹(げっけいじゅ)を合わせて30分ほど弱火で煮詰めると、小魚のオイル漬けができますよ」。そのままでももちろんおいしいですが、薄くスライスしてぱりっと焼いたフランスパンを添えてもしゃれた酒の肴に。パスタにも合う。

   ◇

【土地を楽しむ】

 ●行き方 山陽電鉄江井ケ島駅で下車。海の方へ5分も歩けば、太陽酒造ののぼりが目に入ります。

 ●見どころ 太陽酒造からさらに海へ向かうと、間もなくヤシの木が連なる江井ケ島海岸。ここから西へ向かって約8キロのウオーキングコース「浜の播磨路」を明石観光協会が紹介しています。明石駅の観光案内所で見どころを紹介した地図を手に入れてください。浜風に吹かれながら、小さな漁港と古い神社・お寺が点在する海沿いの静かな道を歩くと、心が落ち着きます。これといった観光施設はありませんが、途中の神社で、前脚で珠(たま)を抱えた珍しい狛(こま)犬を発見して喜んだり、お説教を記した看板に「なるほど」と考え込んだり。小さなことを楽しめる自分に少し安心。

 ●食べる なんといっても、酒造り期間外の4〜10月の毎週金曜日に開かれる、太陽酒造の有料試飲会がおすすめ。4種類のお酒と基本のおつまみで千円。さらに、地魚を使ったおしゃれなお総菜やスパイシーな肉料理、名物のおにぎりなどが一品100〜200円で楽しめ、どれもこれも太陽の酒にぴったり。蔵の雰囲気もおしゃれで、コンサートなどのイベントも開かれます。酒造りが始まる11月から中断されますが、1月上旬から、名物のかす汁が味わえる新酒試飲会がスタート。毎週土日に開かれ、多いときは100人が集まる人気です。

 ●買う 江井ケ島総合市場にある「まるなか」(078・946・2535)で、播州名物の「ひねぽん」をどうぞ。秘伝のタレに漬けた親鳥を炭火で焼き、ポン酢とごまにつけ込んだ香ばしい味わいは、ご飯やお酒のお供に人気。明石の港でとれた魚を買うなら明石浦漁協(078・912・1771)で開かれる「漁師魚市」が穴場です。今月は27日午後3時から。サワラやタチウオ、マルハゲ、ナガハゲが並び、早いときは40分で売り切れてしまいます。

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毎月第1日曜日に掲載。12月18日、地酒入門講座を開きます。朝日カルチャーセンター(06・6222・5222)

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