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うまい地元の酒が飲みたい

河内長野市・西條合資会社 若き挑戦 すっぴんの味

2010年12月5日

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写真こうじ室で作業をする山本克明さん(手前右)。岩手から来た蔵人に囲まれ、すっかり岩手弁=大阪府河内長野市、滝沢美穂子撮影

写真根野菜のバーニャカウダ

写真観心寺

写真延命寺のイチョウの葉

写真原木しいたけ

 それは6年前のこと。

 大阪の色々な酒屋さんのもとへ、若い男の声で「突然すみません」と電話がかかってきました。新しい酒を造ったので、そちらで売ってもらえないかというのです。

 ほとんどの酒屋さんは戸惑いました。男は大阪では名の知れた老舗(しにせ)の酒蔵を名乗ったからです。その蔵の酒ならどの酒屋さんもよく知っていました。新しい酒と言われても……。

 丁重にお断りする店がほとんどでした。でも、ごく一部の店主が、少し興味を持ちました。まあ試しに飲んでみてもいいかなと思ったのです。

 まもなく、まだ学生のような若い男がニコニコしながらやってきました。半信半疑で男が持参した酒を飲んだ店主は一様に驚きます。米の甘さをどこまでも感じるフレッシュな酒。なじんできたその蔵の酒とは全く違う、ひどく個性的な酒だったからです。

 その酒はたちまち人気を集め、いつしか男の名を冠して「山本スペシャル」と呼ばれるようになりました。(稲垣えみ子)

     ◇

 そのひとは、山本克明さん(33)。勤めている蔵は、大阪・河内長野で290年以上続く西條合資会社。豊臣秀吉が好んで飲んだ「天野酒」銘柄で広く知られています。

 噂(うわさ)の山本さんを、蔵へ訪ねました。

 事務所の女性に「やまもとく〜ん」と呼ばれて奥から顔を出したのは、白い長靴をはき、ニット帽をかぶった今風の青年です。ぺこりと頭を下げて差し出した名刺には「頭(かしら)」とある。

 あれ、てっきり杜氏(とうじ)さんなのかと。「違います。杜氏を補佐する立場ですけど、蔵人です」。じゃあ「山本スペシャル」って、山本さんが造ったお酒じゃないんですか? 「酒造りは1人じゃできません。うちが出しているお酒は全部、先輩の蔵人さんたちとみんなで造っています」「僕は、そのお酒の一部を売らせてもらっているだけなんです」――きっかけは6年前、酒造りのない夏場は営業をしてほしいと社長に指示されたことでした。

 山本さんは、あることを思いつきます。出荷前の、いわば「半製品」を売ること。

 ふつう、日本酒は製造工程の最後、「雑味」や「色」を除くため、炭で濾過(ろ・か)し、余分な菌が繁殖しないよう加熱殺菌する。いわば、きちんとお化粧して世間に出ていくのです。

 でも山本さんは、化粧をする前の、「すっぴん」の酒を売りたいと思った。自分たちが造ったそのまんまの酒。「本当はこういう酒を造ってるってこと、飲む人に知ってほしかった。絶対おいしいと思ってたんで」

 社長に言うと「やってみたら?」。そのかわり、瓶詰め、ラベル張り、営業、全部1人でやることが条件。酒造りの合間に、ほどよく熟成したタンクの酒を選び、空気に触れないよう、静かに、慎重に、瓶詰めします。すっぴんのおいしさを壊したくないからです。ラベルデザインも考え、コピー機で製作。和紙をちぎって張りました。

 初年度の出荷は300本。でも、水のごとく洗練された酒とは全く違う、米の甘さがふくよかに広がる大阪の「すっぴん酒」は、「これが日本酒?」と、日本酒に無縁だった若者も次々とりこにしていきました。今では3千本を出荷。でも1人で作業をするので、これが限界です。「酒造りをしっかりやることが一番なんで、そこにしわよせがいったら本末転倒です。ジレンマがあります」

 それにしても、一番若い蔵人が、なぜそこまでするのでしょう。「山本スペシャル」とは酒屋さんの間で広まった通称で、ラベルに山本さんの名前がつくわけではありません。評判を呼んでも給料が上がるわけでもない。「それは……やっぱり、面白いからじゃないですか」

 サラリーマンの家庭に育ち、親や先生にすすめられるままに受験し、大学へ。順調な人生のはずでした。でも気づけば、自分を他人といつも比較し、何事にも自信が持てない自分がいた。同級生が次々と就職を決める中、唯一の趣味だった日本酒の現場で働きたいとマウンテンバイクで全国の酒蔵を回ったのは「もう、狂気でしたね」。どうしてもレールから外れたかった。

 夜も昼もない肉体労働。でもそこで、人の思惑など及ばない自然のすごさを知ります。抗菌がもてはやされる時代ですが、いろいろな菌が、皆そこそこに活躍しなければ日本酒は造れないのです。勝ち組とか負け組とかいうけれど、そもそも勝ち負けなんてない。「多様性に意味がある……そう考えたら、自分が許せるようになってきて。こんな自分でも、存在してもいいんじゃないかって」

 日々が、多種多様な菌たちとの対話です。「こうしたら、こうなるかな」と考えて試すけれど、思うとおりにならないことばかり。で、また考える。それが楽しいのだというのです。

 そうか。山本さんは、大きな生物の輪の中で生きているんですね。自分の評価なんて、小さなことなんですね。

     ◇

 ■山本さんおすすめの「晩酌の酒」(一升瓶・税込みの希望小売価格)

 ●天野酒 純米あらばしり 無濾過生原酒(2814円) 「12月下旬に出荷予定です。しぼりたてのフレッシュな酸が米のうまみをひきしめる、だれもがおいしいと思えるお酒」

 ●天野酒 生もと純米 酵母無添加 無濾過生原酒(2814円) 「伝統的な昔造りのお酒の、味のふくらみを楽しんでほしい。派手さはないけれど、後からじっくり米のうまみが広がります」(※以上が「山本スペシャル」のお酒です)

 ●天野酒 花紋(1785円) 「蔵人に一番人気の晩酌酒。甘口だけどすっきり。特に燗(かん)をつけると甘みと酸味のバランスがいいんです」

(問い合わせは西條合資会社=0721・55・1101)

     ◇

 大阪・野田の「おだいどころば〜 千喜千輝(ちきちき)」は、様々な無濾過生原酒を飲めるお店。中でも「山本スペシャル」は、「甘みも酸味もたっぷりなお酒やから、しっかりだしの旨(うま)みが利いた関西のお料理にぴったりなんやけど、チーズとかイタリアンでもしっかり受け止めてくれます」と店主の藤田美由紀さん。家庭で気軽に作れる「根野菜の簡単バーニャカウダ」のレシピを教えていただきました。

 つくりかた (1)小さめの鍋に300ccの牛乳とニンニク5、6カケを入れ、牛乳が3分の2の量になるまで弱火で沸騰しないようゆっくり煮詰める (2)やわらかくなったニンニクをフォークの背でつぶし、市販のアンチョビペースト60グラムを鍋に入れて少し煮詰め、ソースを仕上げる (3)ゴボウ、レンコン、ニンジン、ジャガイモ、サツマイモ、モロッコインゲンを食べやすい大きさに切り、好みの硬さに蒸す (4)蒸した野菜と、スライスしたフランスパンをソースにつけて食べる。「野菜はブロッコリー、カリフラワーなど何でも」

     ◇

 ●行き方 近鉄または南海の河内長野駅で下車。歩いて数分で、西條合資会社の立派な蔵が見えてきます。

 ●見どころ ベッドタウンの印象が強い河内長野市は、実は紅葉の名所。人が集中する京都よりも、のんびりゆったり季節を満喫できます。家族連れにおすすめなのは、市の観光協会が提案する「歴史と花」のウオーキングコース。河内長野駅前の観光案内所で地図をもらえます。楠木正成ゆかりの寺として知られる観心寺を見学した後は、杉や竹の林に囲まれた静寂な道をてくてく歩き、延命寺へ。巨大なイチョウの木からはらはらと落ちた葉っぱがフカフカの黄色いじゅうたんとなり、思わず歓声を上げたくなります。参道には地元でとれた新鮮な野菜や手作りの漬物、こんにゃくなどを売る露店が並び、これまた自然の恵みを実感します。健脚派は、大阪と奈良の境の長距離歩道「ダイヤモンドトレール」へどうぞ。コース上にある岩湧山の山頂では、見事な花すすきを見ることができます。

 ●買う 県道310号線沿いにある「行者湧水直売所」(0721・60・5551)では、おいしい湧(わ)き水(100リットルまで200円)を求め、ペットボトルやポリタンク持参の人が列をつくります。湧き水でたてたコーヒー(150円)もあります。地元でとれた野菜を売る店も併設され、おすすめは原木しいたけ。その大きさ、厚さは圧巻で、スーパーではお目にかかれない生命力を感じます。

 ●食べる 「山本スペシャル」が飲めるお店は、肴(さかな)のレシピを紹介いただいた「千喜千輝」(06・6461・1110)のほか、大阪市中央区の「燗の美穂」(06・6281・8007)、「和魂 ほむら」(06・6941・3322)、淀川区の「和だいにんぐ 春夏冬」(06・6886・5969)、大阪府茨木市の「串揚家 三文字」(072・633・0494)、高槻市の「Zeal」(072・672・0141)など。

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 ◇次回は2月6日に掲載。12月18日、記者による地酒入門講座を開きます。試飲つき。朝日カルチャーセンター(06・6222・5222)

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