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うまい地元の酒が飲みたい

京都府伊根町・向井酒造 海と山と舟屋と笑顔と

2011年2月8日

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写真舟でもお酒を買いに来られるようにと、蔵の裏に設けた「浮き桟橋」の上で、両親に囲まれた長慶寺健太郎さん、久仁子さん夫妻。向こうに舟屋が見えます=京都府伊根町、滝沢美穂子撮影

写真鯛の酒蒸し

写真船宿

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 旅先で、その土地の地酒を楽しむ。そんな当たり前のことが、実はけっこう難しい。

 旅館でも居酒屋でも、日本酒を注文すると、大手メーカーの酒や、全く別の土地の有名地酒が出てきてがっかりすることが珍しくありません。名の通った酒を飲みたがる人が多いせいかもしれませんが、自分たちの暮らす土地への思いが薄いのではと、少し寂しく感じます。

 でも、ここは違う!

 海に面した家が、それぞれに舟のガレージを備えた「舟屋」の景観で知られる漁師町、京都府伊根町。民宿も、旅館も、すし屋も、みやげ物屋も、どこでも置いているのは地酒「京の春」です。

 江戸時代から続く「向井酒造」の酒蔵で酒を醸しているのは、女性杜氏(とうじ)の長慶寺(ちょうけいじ)久仁子さん(35)。蔵の娘として伊根で生まれ育ち、「伊根はどこにも負けとらん。伊根よりいいとこはない!」と言い切る、強烈な「伊根愛」のひとでした。(稲垣えみ子)

   ◇

 吹雪の道を北へ。あ、なんだか急に風が穏やかに。そこが伊根でした。南に向かった伊根湾は、荒波の日本海では奇跡ともいえる静かな湾なのです。

 その湾を230軒の舟屋が囲む。向井酒造も、蔵の外がそのまんま海!

 迎えてくれた健太郎さん(36)は、酒造りの勉強会で知り合った久仁子さんと去年、結婚したばかり。長男を出産した久仁子さんが動けないので、1人で酒造りに走り回っています。以前は大阪の秋鹿酒造で蔵人をしていましたが、これほど小規模な仕込みは初めて。「思うようにいかないですけど、久仁子に負けられないんでね。いい勉強です」

 赤ちゃんを抱いた久仁子さんが、ヒマワリのような笑顔をみなぎらせて出てきました。「よう来なって〜」

 東京農業大で酒造りを学んだ4年間も、伊根弁で通したそうです。「伊根はどこにも負けんと思っとったし、気にせんと伊根弁まるだしでしゃべっとったら、よっけ友達できて」

 「どこにも負けん」と思えたのは、山と海のおかげ。海ではそれぞれの泳ぐ場所が決まっていて、夏休みは一日中サザエや魚を追う。のどが渇けば、釣り人にサザエをぽーんと投げてジュースを獲得。学校は、教室のすぐ横が山。授業中にアケビをみつけ、放課後すぐ登って取って食べる――。

 都会での買い物や飲み屋通いは、楽しくても「毎日することじゃない」。卒業後は迷わず帰郷。ところが杜氏だった父が町長になり、「お前が杜氏をやれ」と言われ、気負いました。

 経験不足の身に、家業を任された責任は重かった。大学の研究や先進的な蔵での実習、都会で飲み歩いた経験を生かさねば。お酒も流行を意識して、香り華やかなものにしたい。

 低温に管理して、もっと時間をかけて発酵させるよう指示します。ところが手間のかかる作業に蔵人はそっぽ。意地になって1人で氷を運び、必死に仕込みタンクを冷やす日々。1週間たち、10日たち、見かねた1人が手伝いに来てくれた。「クニちゃん。1本の木は、枝がないと育たんのや」

 そのとおりでした。冷たい人間関係の中で出来上がった酒は、苦みが出た。酒は生きています。育てる側が口も利かなければ、うまく育たない。

 ハッと気づいたのは、蔵人に慕われている母の姿です。お茶を出し、おかずを詰めて持たせ、家族の健康にまで気を配る。今まで気づかんかった。すごい人や。「私は余裕がないさかい、笑顔は出てへんし、仕込みの話しかようできとらん。もっとアホみたいな話もして、笑いあって酒づくりせな」

 目指す酒も変わりました。ある日、父の時代に造った酒が外に放置されていたのを発見。「こんな管理あかん」とあきれながら飲んだら、驚いたことに「死ぬほどおいしかった」。

 結局、自然に任せて造った酒がうまくて、強い。流行を追うのはやめた。大事な物は既に伊根にあったのです。

 杜氏として腕を上げた久仁子さんがいま目指すのは、人を驚かせるような酒より、いつまでも飲んでいたい酒。これが難しい。「普通の酒を造ることがどれだけ大変か」と健太郎さん。

 見せたい場所があると言われ、海岸線を離れ車でずんずん山へ。雪に覆われた千枚田が見えてきました。

 2人はここで、自分たちの手で酒米をつくろうと計画しているのです。

 農的な生き方に憧れ、世界中で酪農、狩猟、農業、酒造りを経験してきた健太郎さんは、海も山も田もある伊根は理想の土地といいます。「棚田を守り、酒を造り、日本の伝統を守る一員になれたらうれしい」

 車を降りると、急斜面から見渡せる一面の海に息をのみました。「魚も取る。加工場も欲しい。試飲する人に食べてもらお」「漁師さんの知り合いならいっぱいおるで。弟子入りするとこよっけあるわ」

 「田舎には何もない」どころか「何でもある」。2人を見ていると、そんな気がしてきます。

   ◇

■久仁子さんおすすめの「晩酌の酒」(税込み、一升瓶価格)

 ●京の春 特別純米生もと仕込み(3465円) 京都の酒米「祝」のさわやかな甘みをとじこめた、くせがなくて優しい自信作。

 ●にごり酒 活性酒(2200円) 辛口ですっきり。飲み出すとスイスイいける。特に刺し身と飲むと減りが早い! しょうゆと合わせることで、うまみが出てやわらかくなるんです。

 ●伊根満開 古代米酒(3465円) 伊根の赤米で造ったピンク色の酒。冷やすと甘酸っぱい味わいで、お酒の苦手な女性にも大好評。でも熱燗(あつかん)にするとうまみがグッと出て晩酌の酒に。保守的な地元の漁師さんも「飲みええ」と言ってくれました!(問い合わせは向井酒造=0772・32・0003)

   ◇

【肴】酒蒸し スープ絶品

 久仁子さんの母、裕美さんに、地元のうまい魚と酒を生かした向井家伝統のレシピ「鯛(たい)の酒蒸し」を教わりました。鯛はもちろん、酒とダシのうまみが凝縮したスープが絶品です。

 つくりかた (1)下処理をした鯛に、塩辛くならない程度にしっかり塩をふり、皮に十字に切り込みを入れる (2)深めのお皿に昆布を敷いて鯛をのせ、鯛が半分以上つかるまで酒と水を同量注ぎ、塩と、隠し味の砂糖をひとつまみ入れる (3)蒸し器に入れ、鯛に火が通るまで7分程度蒸す。(時間は鯛の大きさ次第。硬くなるまで蒸しすぎないことがポイント)

 おまけレシピ 「体にいい酒粕(さけかす)も、ぜひお料理に活用してください。うちで人気なのは、白和(あ)えならぬ『酒粕和え』。酒粕に味噌(みそ)と砂糖で好みの味をつけ、たっぷりのすりゴマを加えてすり鉢などでよくまぜます。ここにゆでた野菜や油揚げを和える。春菊やセリなど香りのあるものが合います。野菜は湯がいてしっかり水分をしぼってください。こんにゃくを入れるときは、あらかじめ甘辛く炒(い)り煮を」(裕美さん)

   ◇

【土地を楽しむ】

 ●行き方 北近畿タンゴ鉄道の天橋立駅からバスで1時間。宮津駅前にはレンタカーもあり。

 ●見どころ 舟屋を見学するなら、おすすめは海上タクシー。暖かい時期の運航ですが、巧みに船を操る漁師さんらの個性的な解説を聞きながら伊根湾を1周できます。問い合わせは伊根町観光協会(0772・32・0277)。舟屋を使った民宿もあります。「鍵屋」(0772・32・0356)は1日1組限定の宿。とれたての魚を使った料理や漁業体験が自慢です。他に素泊まりできる舟屋も。温泉を楽しみたいなら「油屋」(0772・32・0972)へ。地元のコシヒカリで仕込んだ「京の春」が飲めますよ。

 ●食べる 「なぎさ鮨」(0772・32・0285)は漁師さんも集まる地元の人気店。名産のへしこを使った握りは驚きの味。兵四楼(0772・32・0055)は、レモンと塩で食べるすしが絶品です。「道の駅 舟屋の里公園」(0772・32・0680)のレストランもおすすめ。高台からの絶景を楽しみながら、季節の定食をどうぞ。久仁子さんが「道の駅のなかでは日本一!」と太鼓判を押す本格的な味わいです。今の時期なら「ぶりしゃぶ」をぜひ。

 ●買う 伊根浦漁業(0772・32・0018)では毎朝(原則)定置網の水揚げがあり、船から運び出された魚を地元の人がどんどん選別していきます。見ているだけで楽しいですが、よく観察すれば、欲しい魚をバケツに入れて購入するルールがわかってきます。ハードルは高いですがチャレンジしては? 新鮮なうちに加工した魚は道の駅でどうぞ。運が良ければマンボウなど珍しい魚に出あえるかも。名物のへしこも美味。久仁子さんのオススメは、伊根の定番ダシジャコ。他にはない上品で深いダシが取れる。干した小魚を使ったキュートな飾り付けにも注目を。

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