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うまい地元の酒が飲みたい

奈良県宇陀市・久保本家酒造 飲みたいんだから真剣

2011年3月6日

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写真寝かせてもお燗しても全くへこたれないホンモノの酒を醸すホンモノの男たち。左から蔵人の小林義光さん、井坂貴哉さん、加藤克則杜氏、久保順平社長、松井良介さん、板垣亮さん=奈良県宇陀市の久保本家酒造、日吉健吾撮影

写真ミルク胡麻豆腐(手前)、宇陀味どりの塩粕漬け(右)、クリームチーズの塩粕漬け=奈良県宇陀市の久保本家酒造、日吉健吾撮影

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 突然ですが、人はなぜ、働くのでしょう。金をもうけたいからでしょうか。出世をしたいからでしょうか。人に感謝されたいからでしょうか。

 手間もリスクもふつうの何倍もかかる、江戸時代の神秘の酒造り「生●(きもと)造り」(●は酉に元)に挑み続ける久保本家酒造の杜氏(とうじ)、加藤克則さん(52)からは、思いもしない答えが返ってきました。「俺ら、自分が飲めればいいの。飲みたい酒造ってるだけ。自分で造ったら、マガイモン飲まなくてすむでしょ」。最初は、軽い冗談かと思っていたのです。

 ところが、「見てもらったら早い」と蔵人の夕食に招かれて、びっくり。蔵人がバケツ大の容器にいそいそとお湯を張り、人気商品「生●のどぶ」を一升瓶ごとドブンとお燗(かん)。「いただきます」の合図で、蔵人と杜氏全員の湯飲み茶わんに「どぶ」がたっぷり注がれ、実に気持ちよくグイグイなくなっていく。

 もしかして……ホントなんですか?(稲垣えみ子)

     ◇

 宇陀の厳しい寒さがピークとなる12〜1月、蔵は最も忙しくなります。蒸米と麹(こうじ)と水をすり混ぜる「●摺(もとす)り」の季節。近代の効率的な酒造りが省略した、単調でつらい仕事。

 夕方、夜、真夜中に数十分ずつ、蔵人が桶(おけ)の周囲を囲み、櫂(かい)を入れ続けます。息が白く立ち昇るにつれ、中はジネンジョのように重く粘ってくる。

 この粘りが重要なのです。どんな菌もやすやすと繁殖できない。だから自然の雑多な菌を引き込み、生存競争を勝ち上がる強い酵母が育つのをじっくり待つことができる。約40日でようやく酒母が完成。人工の菌を加える近代の酒造りは2週間で酒母になるのだから、きついうえにえらく非効率。最悪、酒にならないこともある。

 でも杜氏の加藤さんは「蔵人も酵母もシメるのが俺の仕事」とニヤリ。つきっきりでとことん酵母をいじめる。それでも生き抜いた少数精鋭の酵母は、自ら出したアルコールに負けてすぐ死んでいくそこらの酵母とは違う。糖分を消費し切るまで発酵し、やるべきことをやりきる。「ゴルゴ13みてえなもんだ」。だから力強くてきれいな酒ができる。それが飲みたいから、ここまでするのだと真顔で言うのです。

 若いころは、仕事は金でした。

 高校を出て、建設業界の下請け職人に。休みなく働けば10代で月50万円以上稼げた時代。「事情があってね。母親が病気で、体張って稼がなきゃいけなかった」。でも母が亡くなると、金だけが残った。

 金で楽しもう。食べたり飲んだりが好き。ワインにはまった。次が日本酒。これが一筋縄ではいかなかった。

 味のあるもの、香りのあるもの、造り手により全く違う。金を払えばうまい酒が飲めるわけでもない。高価な大吟醸でも頭痛を起こしたり、不自然な香りがしたり。醸造の本を読み、蔵の交流会に顔を出し、酒蔵にも出入りするうち、混ぜ物を入れたゴマカシの酒の横行を知る。本物を見極めたいとワイン同様寝かせてみると、多くの酒が変質してダメになった。「日本酒ってこんなもんか」と思い始めたころ、ある酒に出会います。

 深いのに、どこまでも澄んでいる。それまで飲んだ酒とは全く違った。それが、生●の酒でした。

 いてもたってもいられず蔵へ押しかけ、杜氏に会って夢中で酒造りの話を聞いた。気づけば日が暮れていました。あきれた杜氏が「ここまで聞くなら、あんたが杜氏になりなさい」。

 目からウロコが落ちた。あ、そっか。飲みたいもん、自分で造ればいいんだ。

 「狂ったか」と言われながら会社を辞め、九州の蔵で最末端から修業。関東の蔵で純米酒造り。三重、鳥取でタンク一本ずつ生●に挑戦。そして2003年、生き残りのため個性ある酒造りを模索していた久保順平社長(49)と出会う。一日かけて話を聞いた社長は「経済効率の悪い酒こそ小さい蔵にしかできない」。生●造りのため蔵を大改造すると約束してくれたのです。

 もう一つの条件が、造った酒は飲み放題とすること。目標が実現した瞬間でした。「人生、何事も起こりえるけど、目標を描かなかったら何も起こりえない。なりたい、じゃなくて、なるって決めてたから」

 かくして毎晩が酒盛り。肴(さかな)も重要。酒をまずくする化学調味料や肝臓に負担をかける砂糖は使わない。うまい酒に慣れた蔵人は杜氏の意のままです。「誰のためでもない、自分の飲む酒造りに来とるんだろ。ごちゃごちゃ言われなくても自分で考えなヨ」。怒鳴り上げずともこの一言で、半年間の過酷な労働をビシッと勤め上げ、次の年も頭をそり上げて戻って来る。「自分が飲みてえんだから、そりゃ真剣だわ。お客さんには悪いけど、俺らが飲んだ余りを飲んでもらってるんだわ」

 うまい酒を飲む。ただそれだけのために。酔いも手伝い、アハハと笑えてきます。人生はシンプルになれる。

    ◇

■蔵元おすすめの「晩酌の酒」(一升瓶・税込価格)

 ○生●のどぶ(3千円) 冷やでスッキリ、お燗でフワッとしたふくらみを楽しめる、料理によくあう濁り酒です。酒粕と同じ成分の醪(もろみ)が入っているのでお通じにもいい。「飲むエステ」と言われたことも。

 ○睡龍 生●純米(3200円) スパッときれる複雑な渋みが、焼き肉でもフレンチでもどんな料理も引き立てます。お燗にすると、渋みが抑えられてまるくなるのでぜひ。

 ○初霞 特別純米(2600円) キレも甘みもあるバランスの良さで、だれが飲んでもおいしい。(問い合わせは久保本家酒造=0745・83・0036)

     ◇

【肴】胡麻豆腐 牛乳でフワッ

 久保社長の妻康子さんに、地元の特産品「葛」を使った胡麻(ごま)豆腐のレシピを教えていただきました。「牛乳を入れるといいよと友人に聞いて試したら、フワッとしてコクも甘みも出て、おいしかった。豆乳だと、少しさっぱりします」

 つくりかた (1)本葛25グラムを水50ccでとき、練り胡麻50グラム、牛乳250ccの順に加えてよく混ぜ、こす (2)鍋に移し、たえずヘラでかき混ぜながらトロッとして火が通るまで弱めの中火で加熱 (3)好みの型に入れ、固まるまで氷水で冷やす (4)白みそに、好みで酒粕(さけかす)とお酒を混ぜたものを乗せていただく。だしじょうゆでもおいしい。

 おまけレシピ 「うちには酒粕に塩を入れて熟成させた塩粕という商品があるのですが、肉や魚を漬け込むと、薫製のような深い味わいになります。地元のおいしい鶏肉『宇陀味(うだみ)どり』を3日ほどつけ込んで焼いたものが人気。塩粕には野菜を漬けてもおいしいし、クリームチーズを数日漬けてクラッカーに乗せると、おしゃれな酒の肴になります」(康子さん)

     ◇

【土地を楽しむ】

 ○行き方 近鉄大阪線榛原駅から大宇陀行きバスで終点へ。電動アシスト自転車のレンタルもあります。

 ○見どころ 万葉時代は薬猟の里だった一帯は、オーガニックなものにあふれています。まずは道の駅・宇陀路大宇陀(0745・83・0051)で案内図をもらい、城下町として栄えた松山地区の散策を。見事な古い家並みに気持ちがゆったり。ぜひ立ち寄ってほしいのが森野旧薬園(0745・83・0002)。良質な水と寒冷な気候を利用して作られる吉野葛の工場の裏山に、約250種類の薬草が植えられています。葛も体を温める薬効に優れた食品ですが、園内には植物ひとつひとつに薬効を記した看板が置かれ、おなじみの植物の意外なパワーにびっくり。たとえばフクジュソウの根には強心・利尿作用があるとか。夢中になって坂道を上り、ふと振り返ると大宇陀のまちが一望に。

 ○食べる 道の駅裏にある大願寺(0745・83・0325)で3〜11月、裏山で摘んだばかりの薬草や特産の葛を使った薬草料理をいただくことができます。昼食のみ、3800円。不定休なので必ず電話予約を。大宇陀高校近くのインドカレー店「宇陀(UDDA)」(090・3658・2041)もおすすめ。地元の野菜と薬効のあるスパイスで仕上げたヘルシーなカレーは優しく元気の出る味わいです。

 ○買う 松山地区には何百年も続く老舗がいっぱい。葛のほかしょうゆ、地酒、和菓子など素材を生かして丁寧に作られた商品をぜひ。新しいお店もがんばってます。アナンダ(050・1078・0616)は若き女性パティシエが作るフランス菓子とパンの店。子供からお年寄りまで安心して食べられる厳選素材で作ったケーキは全部買いたくなってしまいます。場所は離れますが、パン工房のら(0745・83・0766)の自家製天然酵母を使って石釜で焼いたパンも絶品。焼ける数に限りがあるので電話予約を。

     ◇

 シリーズは今回で終了します。ご愛読ありがとうございました。

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