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病みゆく駆け込み寺 孤立する現場(上)

2008年6月26日

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写真診察待ちの患者であふれる救急外来の待合室。次々と救急車が到着する=大阪市東住吉区の東住吉森本病院、小玉重隆撮影

 うつろな目。生気のない声。5月末の深夜、その男性(52)は小刻みに震える右足を両手で持ち上げ、女性看護師にすがった。「頼むから、入院させてくれ」

 年間のべ2万人が訪れる東住吉森本病院(大阪市東住吉区)の救急外来。待合室にいた患者たちの視線が一斉に集まった。医師の診断は「様子見」。その場ですべき治療は見当たらず、まして入院の必要もない。男性は肩を落として立ち去った。

 生活保護を受けて知的障害の妻と市営住宅で暮らす。10年ほど前、糖尿病を患い、合併症で網膜症に。さらに脳梗塞(こうそく)で左半身がまひし、建築現場の仕事ができなくなった。

 2年前、14歳だった娘が飛び降り自殺した。しばらくして夫婦の姿が見えなくなり、近所の住民が捜し回ると、娘が飛び降りた市営住宅の屋上に2人で座り込んでいた。後追い自殺するつもりだった。

 以来、体重は10キロ減り、夜になると足がしびれる。「だんだん悪くなる。死ぬかもしれない」。不安で眠れず、入院すれば楽になると考えて、救急病院へ足が向く。これまで再三訪ねていた別の病院で相手にされずにここへ来た。

    ◇

 「重い病気かも」と悩む患者。「緊急性はないのに」と嘆く医師。両者のギャップが救急医療のひずみを広げる。

 医療側を疲弊させる最大の要因とされるのが、不要不急の患者が押し寄せる「コンビニ受診」。森本病院も痛い目に遭ったことがある。

 06年秋、近隣の中学校の生徒40人を乗せたバスが追突された。金曜の夕方、念のために検査を、と学校から依頼された。「救急がパンクする。急を要さないなら月曜に来て」。何度も告げたが、土日に生徒が押し寄せた。

 事故から2日後に救急車で来る親子。異常が見られないのに「首を固定して」と求める保護者もいた。3日で計15人。「やってられない」。過労の医師に最後の一押しとなり、3人いた脳神経外科医が一斉に退職した。2人を確保し、脳神経外科の診療を再開できたのは今年4月からだ。

 勤務医を守らねばならないが、住民ニーズも無視できない。森本義彦副院長(47)は少しでも医師の負担を減らすため、担当の外科をはずれ、1人で救急に専従することにした。

 救急外来にいると、様々な人生と出会う。つらいのを我慢して仕事帰りに来る会社員、介護や福祉の知識がなく、公的サービスからこぼれ落ちた高齢者、リハビリを適切に受けていない患者……。

 病院職員がケースワーカーに連絡を取り、生活支援から始める例も少なくない。「コンビニと言っても事情は千差万別。個人で問題を解決できない患者も集まってくる」

    ◇

 午後7時半、心肺停止患者が運び込まれ、慌ただしさを増した救急外来。待合室で車いすの女性(86)が診察を待ち続けていた。「痛くないか」。付き添う公務員の長男(59)が優しく語りかける。

 女性は認知症が進み、食事の介助が必要だ。失禁や徘徊(はいかい)も繰り返す。この日、帰宅した長男が入浴させようとして後頭部のはれに気づいた。女性に聞いても症状を正確に説明できない。駆けつける先は夜の救急病院しかなかった。

 長男は毎朝5時に起き、女性が失敗した排泄(はいせつ)の掃除や洗濯、朝食と昼食を準備する。帰宅後は夕食を作り、入浴を介助する。就寝は午前2時。その後も徘徊で起こされる。

 女性の要介護度は「2」。ホームヘルパーの訪問は週5回、1時間程度だ。「3」に認定されれば、ヘルパーに長く世話してもらえるし、介護施設利用の自己負担も減る。長男は「3」を望んできたが、一向に認められない。自治体の介護給付費の抑制で、現場では認定が厳しくなったといわれる。

 診察の結果、女性に異常は見当たらなかった。来院して3時間。ぐったりした表情で長男は外来を後にした。「こうやって病院に飛び込まざるを得ない状況を改善してほしい。とても体が持たない」

    ◆

 病人のようで病人でない。救急病院はいつしか、そんな人たちの「駆け込み寺」になった。社会の矛盾を一手に抱え込む医療現場の苦悩を、3回にわたって報告する。

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