言葉にならない奇声が処置室に響いた。ベッドの上で暴れ回り、手がつけられない。解毒剤を流すチューブを鼻に挿入しようと、10人がかりで手足を押さえつけた。
初夏の昼下がり、大阪府守口市の関西医科大付属滝井病院・高度救命救急センターに、睡眠薬を大量に飲んだ40代女性が運ばれてきた。次々に救急病院に受け入れを断られていた。
処置を終え、容体は安定したが、その夜、集中治療室(ICU)で再び暴れ出した。鎮静薬で落ち着かせると、翌日、「家に帰る」と言い張って出て行った。
その1カ月前、飛び降り自殺を図って骨折した別の女性が大声で叫びながら医師に殴りかかってきた。入院患者がおびえ、必要がないのにICUに移した結果、重症者を受け入れるはずの空きベッドが一つ減った。
30代の男性医師は、死のふちにいる患者を助けたいと考えて救急を志した。なのに、自殺を図った人たちを懸命に治療しても、感謝の言葉もなく病院を去っていく。「また、やるのではないか」。むなしさと徒労感が蓄積する。
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昨年の自殺者は全国で3万3093人。未遂者はその10倍に上り、各地の救命救急センターでも搬送患者の1〜2割が自殺関連と言われる。大半は精神疾患の診断がつく。
センターの中谷寿男教授(60)にも苦い経験がある。以前勤めた病院で、けがが回復した自殺未遂患者を退院させたら、そのまま目の前の建物に向かい、飛び降り自殺した。「救急医は精神科の治療のノウハウがない」
中谷教授がセンターに精神科医を常勤させることにしたのは7年前だ。精神科医は患者の容体が落ち着くと、「できることは手助けしたい」と寄り添う。自殺を図り、重傷を負った50代男性はその翌日、妻を亡くした寂しさから酒浸りの生活に陥っていると告白した。「重いうつ病かもしれません」。治療が軌道に乗れば、再び自殺へ向かう行為をなくせるかもしれない。
救急と精神科の領域にまたがる自殺未遂患者。外傷を治療できる精神科病院はほとんどない。搬送される救急病院は、興奮した患者の治療で手いっぱいだ。精神科医が常勤する救命センターも全国に数えるほどしかない。
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「点滴は終わりましたよ」。神戸市の民間救急病院。当直医の声に、50代男性は寝たふりを始めた。酩酊(めいてい)状態でタクシーに乗り、交番へ突き出された末、救急車で運ばれてきた。ベッドを占有し、ほかの患者の治療を妨げる。2時間居座り、警察官に抱えられて出て行った。
酔った勢いでの暴力や暴言、セクハラ行為……。「警察がなかなか来てくれない」「救急隊が泥酔の事実を伏せた」などの不満もくすぶる。神戸市の53病院でつくる第2次救急病院協議会は、泥酔者の搬送には警察官が付き添い、入院が不要ならば引き取るよう兵庫県警に要請した。
手を焼くのは警察も同じだ。保護しても容体が急変し、死亡することがある。県警は「頭を打っていたら病院へ」と指示せざるを得ない。
県警の資料では、07年の「泥酔者の保護」は6841件で5年前の33%増。大半が飲酒絡みとみられる「病人・負傷者の保護」も3951件と7割伸びた。生活安全企画課の日高一行課長補佐は「病院が迷惑がるのは理解できるが、警察も手が回らない」。
病院、警察、消防ともに、「押しつけあっても仕方ない」ということはわかった。それでも、解決策はまだ見えない。