長浜市街地近くの田園地帯を走る電車。右奥に長浜城を模した歴史博物館が見える
レトロとモダンが交じり合う「黒壁スクエア」。多くの観光客でにぎわっている
豊臣秀吉(左)と少年時代の石田三成の出会いを表現した像。長浜駅前にある
マンホールのふた。ヒョウタンは豊臣秀吉の馬印で、長浜市章にも使われている
現存する駅舎としては国内最古とされる旧長浜駅舎
長浜鉄道スクエアに展示されているD51形蒸気機関車(手前)とED70形交流電気機関車=いずれも滋賀県長浜市
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新橋―横浜間に国内初の陸蒸気(おかじょうき)が走ったのは1872(明治5)年。そのわずか10年後、数えて7番目の鉄道が長浜―敦賀間で一部区間を除いて開業し、間もなく全線がつながった。
当時、大阪から東へ延びる線路は大津まで。そこから長浜まで琵琶湖の連絡船が就航し、太平洋側と日本海側が初めて公共交通機関で結ばれた。
維新政府にいち早く長浜駅設置を働きかけたのは鉄道の将来性を見込んだ住民たちだ。長浜が文明開化の波頭に乗った原動力は、郷土のために私財を投じ、汗をかく「町衆」の心意気と経済力。その礎を築いたのは豊臣秀吉だった。
1574年、今浜と呼ばれていたこの地に築城を始めた秀吉は、「長く栄えよ」との願いを込めて地名を変えたとされる。城下町に人を呼び込み、商業を盛んにするため、年貢や賦役は免除。町衆による自治を認めた。
「豊臣秀吉事典」の著書もある長浜城歴史博物館の副参事、森岡栄一さん(52)は話す。「秀吉の長浜時代は7年間だが、天下人になっても町衆を大事にし、繁栄を後押しした。今も秀吉を敬慕する市民は多い」
1970年代、地場産業の不振で長浜はかげりを見せる。その再生に立ち上がったのは、町衆のDNAを受け継ぐ市民たち。きっかけは、秀吉が築いた長浜城の復元だった。
■町衆魂 忘れてたまるか
司馬遼太郎は、「新史太閤記」に長浜と豊臣秀吉の関係を書いている。
「町民は秀吉を忘れず、かれの在世当時だけでなく徳川時代を通じてひそかに秀吉を追慕しつづけ、神として祀(まつ)りつづけた」
その追慕の思いが結集したのが、長浜城を復元する「昭和の城普請(しろぶしん)」だった。
秀吉が琵琶湖の北東岸に築いた長浜城は1615年に廃城になり、跡形もなくなる。その復元話が持ち上がったのは市民の寄付がきっかけだった。
1980(昭和55)年、いずれも故人で会社経営者だった長谷(はせ)久次さん、弟の定雄さんが「城の再建に」と1億5千万円を長浜市に寄せる。これが呼び水となって市が城郭様式の歴史博物館建設を決めると、新たに約8200人から約2億8千万円が集まった。
市民ガイドとして観光客を案内している近藤敏子さん(59)は「幼い頃から『秀吉さんは長浜を大事にしてくれた』と聞かされて育つ市民は、素朴な感情を持っているんです」と解説する。
築城から400年余りを経た83年4月。市が約10億4千万円を投じ、天守閣を備えた3層5階建ての「市民城」、長浜城歴史博物館が完成した。
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城普請は思わぬ効果をもたらした。73年の第1次オイルショック以降、主力の繊維産業の衰退で元気のなかった市民に「やればできる」の気持ちを植え付け、再生への動きに火をつけたのだ。
復元の年、街の活性化を目指す「ながはま21市民会議」が若手経営者を中心に発足。約6万6千人の署名を集め、京阪神と直通で結ぶ新快速電車の乗り入れを当時の国鉄に働きかけるなど、精力的に動き始めた。初代会長だった長浜商工会議所会頭の高橋政之さん(70)は言う。「疲弊した長浜を見ていられなかった。市民は町衆の伝統を引き継いでいますから」
さらに大きなうねりが生まれたのは88年。市民有志7人と信用金庫、市が第三セクターの株式会社黒壁を設立。旧市街に残っていた黒しっくい仕上げの明治建築1棟を買い上げ、周辺開発に乗り出した。一帯を「黒壁スクエア」と名付け、ガラス館や工房、レストランなどを次々とオープンさせた。
新快速電車の乗り入れは91年に実現。その効果もあって、黒壁スクエアの観光客数は95年度に100万人を突破し、昨年度は205万人に達した。「黒壁の街 長浜」は全国ブランドとしてすっかり定着した。
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市民有志7人は、設立時の資本金1億3千万円のうち6割以上にあたる8千万円を負担した。その一人で建設会社社長の伊藤光男さん(60)は笑う。「会社をつぶしちゃいかんと必死にもなりますわな。お上に頼っていたら駄目なんです」
現代の町衆たちに「自治」の原形を見た気がした。
(文・神田誠司 写真・伊藤恵里奈)
鉄っちゃんの聞きかじり<最古の駅舎 往時のまま>
鉄道ファンなら見逃せないのが「長浜鉄道スクエア」だ。長浜駅の南側に保存されている旧駅舎、長浜鉄道文化館、北陸線電化記念館の3施設で構成されている。
旧駅舎は開業当初のもので、約20年間使われた。現存する国内最古の駅舎とされる。鉄道資料館として、往時のままの待合室や駅長室などを見ることができる。ちなみに、現在の駅舎は数えて5代目にあたる。
00年オープンの鉄道文化館は、長浜の鉄道の歴史を紹介する写真パネルや切符、鉄道模型などを展示。北陸線電化記念館は03年にでき、D51形蒸気機関車、電化後に登場したED70形交流電気機関車を実物展示している。
開館は午前9時半〜午後5時(12月29日〜1月3日は休館)。入館料は大人300円、小中学生100円。問い合わせは長浜鉄道スクエア(0749・63・4091)へ。
探索コース
豊臣秀吉ゆかりのスポットは数多い。秀吉の遺徳をしのんで町衆が建てた豊国(ほうこく)神社は江戸時代、表向きはえびす宮としたが、奥に秀吉の神霊をまつっていた。大坂城落城の際に持ち出されたと伝わる秀吉像を所蔵する知善院、4月に長浜曳山(ひきやま)まつりが行われる長浜八幡宮、長浜城歴史博物館など、主なものをめぐるだけでも半日がかりだ。