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ぷらっと沿線紀行

1970年のこんにちは 大阪モノレール

2008年7月5日

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写真大阪万博のシンボルだった太陽の塔。モノレールの乗客を見つめているかのようだ写真空中に浮かぶように走るモノレール。広告を描いた車体がカラフルだ=いずれも大阪府吹田市写真大阪万博の会場を走っていたモノレール=日本万国博覧会記念機構提供写真JR京都線と交差するモノレール=大阪府茨木市地図   フォトギャラリー

 地下鉄並みの最高時速75キロなのに、ゆっくり走るように感じるのは、視界を遮るものがなく、見晴らしがいいからだろう。レールの高さは場所によっては20メートルを超す。車窓に360度のパノラマが広がり、空中を散歩している気分になれる。

 1990年に開業して徐々に延伸し、7年後に門真市駅から大阪空港駅までの21.2キロがつながった。JR大阪環状線1周とほぼ同じ距離で、モノレールとしては世界最長だ。98年に走り始めた支線の彩都(さいと)線も2007年には6.8キロまで延びた。

 運転席の後ろのガラスに張りついて外を眺めていた3歳ぐらいの男の子が声を上げた。「変なのがあるっ!」。万博記念公園(大阪府吹田市)に今も残る大阪万博のシンボル・太陽の塔だった。

 1970年、千里丘陵を切り開き、「人類の進歩と調和」をテーマに開催された大阪万博。半年間で当時の国民の6割にあたる延べ約6421万人を集めた。

 3.3平方キロの会場の場内輸送を担ったのがモノレール。入場者の半数以上、約3351万人を運んだ。「万博での成功がなければ、今の大阪モノレールはなかった」。日本モノレール協会理事の石川正和さん(68)は言い切る。

 大阪万博で提示された近未来の「実物見本」は、遊園地の乗り物というモノレールのイメージを一新させた。

■世界でむすぶ進歩と調和

 2001年公開のアニメ映画「クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶモーレツ!オトナ帝国の逆襲」は、古き良き昭和を再現したテーマパーク「20世紀博」が舞台。懐かしさのあまり現実逃避してしまう大人を、しんちゃんたちが救い出すストーリーだ。

 冒頭に大阪万博の会場を走るモノレールが登場する。たまたま孫と一緒に見た宮崎亮一さん(70)=大阪府枚方市=は目を見張り、日立製作所の技術者として万博モノレールにかかわった当時に思いをはせた。

 会場1周4.3キロを15分で運行。景色が楽しめ、パビリオン前の行列に並び疲れた入場者を喜ばせた。東京五輪があった1964年に開業した東京モノレールは車輪部分が床の上に出っ張っているが、万博モノレールは台車部分の位置を変えて床を平らにし、乗り心地もよくなった。

 運転士はおらず、国内初の自動列車運転装置を導入。「『無人運転はだめ』という当時の運輸省に対し、こちらも『万博は技術のオリンピックでもある』と譲らない。結局、安全のためドアを開閉する乗務員1人を置きました」と宮崎さんは振り返った。

 大きな事故も故障もなく、中量輸送機関として通用することを証明。都市モノレール整備を促進する法律ができるきっかけになり、北九州、千葉、大阪、多摩、沖縄に相次いで開業した。馬で引く貨物輸送用として1820年代に英国で発明されたモノレール。路面電車が発達した欧米では普及しなかったが、道路のスペースがあれば高架レールを設置できる利点が狭い日本で受け入れられた。

   ◇

 大阪モノレールは、大阪府や私鉄各社の出資で1980年に設立された第三セクター「大阪高速鉄道」が運行する。大阪市中心部から放射状に延びる鉄道網を環状につなぐ動脈に、と構想された。

 当初は、万博記念公園などへの行楽客、Jリーグ・ガンバ大阪の観戦客に頼る状態が続き、「お天気列車」とも呼ばれた。門真市―大阪空港間がつながってから軌道に乗り、96年度に1099万人だった年間乗客数は06年度に3331万人と、10年で3倍になった。01年度からは単年度黒字が続く。

   ◇

 将来的には東大阪市や堺市とも結ぶ計画。ただ、自治体の財政難などから先は見えない。そんな状況に業を煮やしたかのように、日本のモノレール技術は21世紀になって海を渡った。

 「都市美観を損ねない」「街のモニュメントになる」と注目され、日立製作所などの技術で05年に中国・重慶、07年にはシンガポールで開業。大阪府の姉妹都市でもある中東のドバイでは、大阪高速鉄道の業務支援を受けて来年、人工リゾート島へのアクセス線として走り出す。

 大阪万博で膨らんだ技術者たちの夢は今、世界で花を咲かせつつある。

(文・北村哲朗 写真・荒元忠彦)

鉄っちゃんの聞きかじり<JR 交差しても駅はなし>

 既存鉄道網との連携役として計画された大阪モノレールは、京阪本線、阪急の京都線、千里線、宝塚線、地下鉄谷町線、北大阪急行線の6路線の駅とつながっている。ところが、JR京都線とはレールが交差するだけで駅は接続していない。

 茨木市内の交差地点に新しい駅を設置できないか、計画段階で協議したが、当時の国鉄は北側の茨木駅、南側の千里丘駅との距離が短すぎるとして断ったという。

 この交差地点に最も近いモノレールの宇野辺駅は、90年6月の開業当初は「茨木駅」と呼ばれていたが、JR茨木駅と接続しているとよく誤解されたため、97年4月に改称された。

探索コース

 緑あふれる万博記念公園(入場有料)は大阪万博の大きな「遺産」だ。自然文化園と日本庭園を合わせると約1.3平方キロ。高い木々の間を巡る約300メートルの空中遊歩道「ソラード」や、サイクルボートが浮かぶ夢の池がある。園内の催しや季節の花の情報は、日本万国博覧会記念機構が毎月発行する「エコパーク」に詳しい。沿線の主要駅で手に入る。

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